タイトルを見た瞬間に、佐々木朗希(のちロッテ)を連想した方がおられるかもしれないが、今回紹介するのは残念ながら彼ではない。もうピンと来られた方もいるかもしれないが、紹介するのは今から36年前に「大船渡旋風」の立役者となった左腕エースである。

image

大船渡のエース・金野正志は大阪出身だったが、父の転勤もあり、何度か引っ越しを繰り返した。大船渡に落ち着いたのは小学生に上がる頃。小柄な部類だったが、ムチのようにしならせて投げ込む直球、カーブの切れ味は抜群であり、まともに飛ばせる打者は殆どいなかった。中学の頃には既に「岩手県下に金野あり」と知られる存在であり、金野の元には宮城県の名門、東北や仙台育英などから勧誘の手が相次いだが、選んだのは地元の大船渡だった。

「地元で甲子園を目指したい。僕だけ例外になりたくなかった。それに、野球留学は好きじゃない」

大船渡にはバッテリーを組んだ吉田をはじめ、メンバーの大半が大船渡一中からの同期生だった。金野は1年時から試合経験を積み、早くも「大船渡にサウスポー金野あり」と騒がれた。期待されていた金野だったが、全てが順調にはいかなかった。1年秋と2年春はともに地区予選で敗退。2年夏も県大会準決勝で花巻東に3-8で敗退した。ガックリとする金野の耳には、あざけりの声が届いた。

「所詮は中学生までのピッチャーよ。高校じゃ、通用せん」

image
(画像)「伝統がなければ、自分らで作ればいい」という固い信念を持っていた金野。「ペロ投げ」の愛称でも親しまれた。

この一言で金野は奮い立った。夏の県大会直後からランニングに精を出し、下半身を鍛え直した。これにより、精密機械の左腕に球威も加わるようになった。秋の県大会では決勝で花巻東を7-3で下し、リベンジを達成。東北大会進出を決めると、初戦の山形南戦では6回までノーヒットノーランの快投。2回戦の東北戦では1失点完投勝利を収め、準決勝では五所川原を8-2で下した。決勝の金足農戦では「みちのくのナンバーワン」と称されていたエース・水沢博文(のちプリンスホテル→TDK)と延長16回を投げ合い、4-3で勝利。東北大会を制し、翌春の選抜出場を確実にした。

初戦の相手は多々良学園(現・高川学園)だった。多々良学園は新チーム結成以来、24連勝中。エース・湊正弘は丁寧なピッチングを心掛け、打者の心理を読むのが上手かった。金野は初回に先頭打者・案野に2塁打を打たれたが、以降は直球主体のピッチングに切り替え、相手打者を打ち取っていった。味方打線も初回に鈴木が2点本塁打を放つと、8回には今野一の左越え3塁打などで2点を追加。投げては金野が多々良学園打線を5安打無失点に抑え込み、4-0で勝利を収めた。試合後、金野はこう話した。

「相手が大振りしてきたので、僕を嘗めてるなと発奮しました」

image
(画像)多々良学園を5安打完封で下した金野。ちなみに、エース・金野(きんの)、打者・今野(こんの)、菅野(かんの)で「キンコンカントリオ」と呼ばれた。


(動画)YouTubeより。

2回戦の日大三島戦でも金野は直球、カーブを織り交ぜ、相手打者を手玉に取った。3回表、大船渡は鈴木のソロ本塁打などで2点を先制。5回には菅野が四球で出塁すると、続く木下が右越え2塁打を放ち、1点を追加した。さらに、新沼の内野安打などで無死満塁のチャンスを作ると、今野が左前打を放ち、2点を追加。続く金野も自らのバットで左前打を放ち、1点を追加した。6回にも3連続長短打でダメ押しともいえる2点を追加。これで金野の投球はますます冴え渡った。6回まで日大三島打線をわずか3安打に抑え込み、8-1で準々決勝進出を決めた。

image
(画像)日大三島打線を6安打1失点に抑え込んだ金野。打っては4打数3安打1打点と投打にわたって活躍した。


(動画)YouTubeより。

準々決勝の相手は明徳(現・明徳義塾)だった。エース・山本賢(のち駒澤大)はこれまで2試合を完封し、無失点で勝ち上がってきた。前評判では明徳が有利だったが、試合は意外な展開を迎える。4回裏、鈴木が2塁打で出塁。続く今野一が甘く入ったカーブを振り抜き、1点を先制すると、投げては金野が7回まで明徳打線をわずか2安打に抑え込んだ。8回表、金野は池の左前打、味方の失策で無死2塁のピンチを招いたが、持ち前の冷静な判断で2塁に牽制。2塁走者はタッチアウトとなり、ピンチを脱した。このプレーが勝負の明暗を分けたと言っても良い。金野は虎の子の1点を守り切り、1-0で県勢初の選抜ベスト4入りを決めた。これには地元市民も大喜びであり、新聞紙上には「大船渡旋風」の文字が躍った。試合後、金野はこう話した。

「もう最高の気分ですよ。8回の牽制はいつもの調子でやりました。100点満点の出来ですよ。明日も思いっ切りやりますよ」

image
(画像)最後の打者・町田を打ち取り、マウンドで高く跳び上がった金野(左)。県勢初の選抜ベスト4入りを決めた。


(動画)YouTubeより。

準決勝の岩倉戦は初出場同士のフレッシュな対決となった。3回表、大船渡は平山、木下の安打で1点を先制。以降は金野とエース・山口重幸(のち阪神→ヤクルト)の息詰まる投手戦となり、1-1の同点で迎えた9回裏、岩倉は無死から打席に入ったのは菅沢。菅沢は6回に同点適時打を放っており、本来ならば大船渡ベンチから何らかの指示が出るか、金野は注意を払うべきだったのだが、試合の流れに乗ってしまい、確認する余裕がなかった。金野は内角の直球を投じたが、少し甘く入ってしまい、菅沢に左翼ポール際まで運ばれた。金野は打球の行方を目で追いながら膝から崩れ落ち、マウンドの土を叩きつけた。1-2xで敗退し、惜しくも決勝進出はならなかったが、下馬評を次々と覆してのベスト4入りは、全国に「大船渡」の名を知らしめるとともに、地元市民を熱狂させた。試合後、金野はさっぱりとした表情でこう話した。

「菅沢君に打たれたのはインコースのストレート。ちょっと投げ込みが足りなかったという気はしますが、甲子園に来てここまでやれたのですから…」

image
(画像)菅沢にサヨナラ本塁打を打たれ、マウンドの土を叩きつける金野。敗退したとはいえ、県勢初の選抜ベスト4入りは立派だった。


(動画)YouTubeより。

すぐに夏に向けての練習が始まった。甲子園で本塁打を浴び、金野はスピードの重要性を痛感。徹底したウエイトトレーニング、走り込みで下半身を鍛え直し、技巧派から速球派にモデルチェンジした。春の県大会では初戦の一関商工(現・一関学院)戦でリリーフ登板。殆どが直球で勝負に行き、一関商工打線から9三振を奪った。準々決勝で水沢一に3-8で敗退したが、力強い投球でスカウト陣を魅了した。

「自分でもボールが速くなってきたと思う。気合も入ってますしね」

しかし、待ち受けていたのは厳しい現実だった。周囲は慌ただしくなり、度重なる取材攻勢、相次ぐ招待試合。町の中をランニングすると常に期待の声が掛かり、大きな期待を背にしたプレッシャーが金野を襲った。さらに、肘痛にも悩まされ、1ヶ月ほど治療に専念。まともにピッチングもできなくなり、チームも春とは全く違うものになってしまっていた。県大会前半は投げ込み不足で完投できなかったが、後半からは球威も回復し、尻上がりに調子を取り戻した。決勝で一関商工を2安打完封で下し、春夏連続甲子園出場を決めたが、浮かれる周囲とは対照的に、金野には暗い影が差していた。誰もが金野の異変に気付いてはいたが、甲子園のマウンドにエースが立たないことなど考えられなかった。

image
(画像)肘痛に悩まされながらも、県大会をほぼ一人で投げ抜いた金野。決勝で一関商工を6-0で下し、春夏連続甲子園出場を決めた。

甲子園入りしてからも肘痛に悩まされ、本格的に投げ込んだのはわずか3日間。初戦の相手は長浜(現・長浜北)だったが、これでは力を出せと言っても無理な話である。初回に金野は直球を投げ込んだが、長浜打線はそれを見事にカット。金野を疲れさせるのが狙いだった。長浜のこの粘りに大船渡のリズムは完全に狂ってしまう。毎回出塁、4盗塁を決めるも、あと1本が出ず、残塁の山を築いていった。一方、金野の調子も春とは程遠かった。肘痛の影響もあり、肘は下がり、下半身のバネも失われていた。4回、6回といずれも山田に出塁を許したことから4点を献上。3-4で敗退し、金野の最後の夏は終わりを告げた。

image
(画像)力投する金野。完投負けを喫したが、一つも涙を見せずに甲子園を去っていった。


(動画)YouTubeより。

「やっと終わりました。これで周りから、色々騒がれずに済みますね。故障に苦しむこともありませんし、取材攻勢を受けることもありませんから」

試合後、金野の目に涙はなかった。仲間が俯く中、完投負けの金野だけが笑っていた。悔しさよりも安堵感の方が大きかったのだろう。肘が満足な状態であれば、プレッシャーを跳ねのけられたかもしれないが、肘痛を抱えたまま臨まねばならない状況では不安とプレッシャーが重くのしかかっていたはずである。「やり残したことはありません」と言い残し、金野は甲子園を去っていった。

卒業後、金野は明治大学に進学したが、痛めた肘は最後まで治らず、野球を断念。その後はメディアに姿を見せないため、金野の近況は不明である。某有名掲示板ではヤクザになったという噂もあるが、ごく普通のサラリーマンとして生活している可能性の方が高いと思われる。

image
(画像)「大船渡旋風」の立役者となった金野。快速球・佐々木よりも印象に残る投手だったかもしれない。

image

・山本賢(野球選手)
・大船渡旋風(トリビア)

image

・『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]13 東北編 青森・岩手・秋田・山形・宮城・福島』ベースボール・マガジン社, 2010年, pp.18-21, p.37
・『地域別高校野球シリーズ08 東北の高校野球Ⅱ[青森、岩手、秋田]』ベースボール・マガジン社, 2014年, pp.18-19
・『Sports Graphic Number 984 夏の奇跡の物語 甲子園旋風録。』2019年, 文藝春秋, pp.24-28, p.31
・『完全保存版 夏の甲子園100回 47都道府県別 故郷のヒーロー』朝日新聞社, 2018年, p.26
・『高校野球100年 感動のドラマと語り継がれるヒーローたち』報知新聞社, 2015年, p.82
・『週刊ベースボール冬季号 1984高校野球』ベースボール・マガジン社, 1984年, p.100
・『輝け甲子園の星 1984 No.1 早春号★第56回センバツ展望特集』日刊スポーツグラフ, 1984年, pp.14-15, p.34, p.134
・『ホームラン '84高校野球 '84センバツ出場校はここだ!』日本スポーツ出版社, 1984年, pp.22-23, p.83, p.101
・『サンデー毎日臨時増刊 3月24日 第56回選抜高校野球大会号』毎日新聞社, 1984年, pp.48-49
・『ホームラン センバツ高校野球 超ワイド特集 出場32校戦力徹底分析 '84センバツを推理する!』日本スポーツ出版社, 1984年, p.67
・『毎日グラフ 4月15・22日合併号 燃える甲子園 総集編』毎日新聞社, 1984年, p.55, p.74, p.91, p.101, p.106
・『輝け甲子園の星 1984 No.2 第56回センバツ大会号』日刊スポーツグラフ, 1984年, p.89, pp.106-107, p.125, p.127
・『ホームラン '84センバツ大会 第56回大会総決算号』日本スポーツ出版社, 1984年, pp.8-9, pp.14-15, p.40, p.75, pp.102-103
・『報知高校野球 '84センバツ速報◉岩倉初優勝』報知新聞社, 1984年, p.43, p.68, p.78, p.83, p.85
・『'84春 甲子園の恋人たち ◯フレッシュ・ヒーロー写真集◯』学研, 1984年, p.55
・『ホームラン 青春・甲子園 夏に燃える主役たち』日本スポーツ出版社, 1984年, pp.38-39
・『週刊ベースボール 6月30日号増刊 第66回全国高校野球選手権大会予選展望号』ベースボール・マガジン社, 1984年, pp.24-25
・『輝け甲子園の星 1984 No.3 夏季号★プロに進んだ球児/大会展望』日刊スポーツグラフ, 1984年, p.116
・『ホームラン 熱球・甲子園 '84全国高校野球地区予選展望号』日本スポーツ出版社, 1984年, p.87, p.115
・『週刊朝日 8月15日号増刊 '84甲子園大会号』朝日新聞社, 1984年, pp.22-23
・『アサヒグラフ増刊 9月5日号 第66回全国高校野球選手権大会 '84甲子園の夏』朝日新聞社, 1984年, p.34
・『週刊ベースボール 9月8日号増刊 第66回全国高校野球総決算号』ベースボール・マガジン社, 1984年, pp.90-91, pp.104-105, p.156
・『輝け甲子園の星 1984 No.4 第66回全国高校野球選手権大会』日刊スポーツ出版社, 1984年, p.26, p.87
・『ホームラン 甲子園大会<1984> 第66回全国高校野球選手権大会総集』日本スポーツ出版社, 1984年, p.75, p.128
・『報知高校野球 '84選手権速報◉取手二初優勝!』報知新聞社, 1984年, pp.75-76, p.92
・『'84夏 甲子園の恋人たち サマーヒーローいい顔写真集』学研, 1984年, p.92
・『輝け甲子園の星 アイドルスペシャル'84 IDOL SPECIAL』日刊スポーツ出版社, 1984年, p.65, p.86
・『輝け甲子園の星 1984 No.5 秋季号★韓国遠征・わかくさ国体特集』日刊スポーツ出版社, 1984年, p.137
・『輝け甲子園の星 1985 No.2 ★第57回センバツ大会★卒業球児情報』日刊スポーツ出版社, 1985年, p.105
・『輝け甲子園の星 1985 No.4 夏季号★思い出甲子園1982-1985』日刊スポーツ出版社, 1985年, p.61
・『日刊スポーツ』低評価の春4強 期待背負った夏は負けられない重圧, 2015年,
https://www.nikkansports.com/baseball/column/tohoku-koshien100/news/1496473.html(最終閲覧日:2019年12月14日)

image

・ 1枚目:『YouTube』第56回選抜高校野球 準決勝【岩倉 VS 大船渡】, 2016年,
https://www.youtube.com/watch?v=1WR5Sge2zws
・ 2枚目:『輝け甲子園の星 アイドルスペシャル'84 IDOL SPECIAL』日刊スポーツ出版社, 1984年, p.87
・ 3枚目:『毎日グラフ 4月15・22日合併号 燃える甲子園 総集編』毎日新聞社, 1984年, p.55
・ 4枚目:『報知高校野球 '84選手権速報◉取手二初優勝!』報知新聞社, 1984年, p.42
・ 5枚目:『輝け甲子園の星 1984 No.2 第56回センバツ大会号』日刊スポーツグラフ, 1984年, p.125
・ 6枚目:『毎日グラフ 4月15・22日合併号 燃える甲子園 総集編』毎日新聞社, 1984年, p.106
・ 7枚目:『高校野球忘れじのヒーロー [完全保存版] 戦後「春夏甲子園大会」出場3975チーム全メンバー表』ベースボール・マガジン社, 2005年, p.56
・ 8枚目:『朝日新聞デジタル』大船渡と金足農、因縁の1984年 今に続く特別な関係, 2019年, https://www.asahi.com/articles/ASM7S5WGNM7SUTQP01R.html(最終閲覧日:2019年12月14日)
・ 9枚目:『YouTube』第56回選抜 準々決勝 大船渡vs明徳義塾, 2018年,
https://www.youtube.com/watch?v=Bfu6f6lG9yk


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

image


imageimage


image


image image
image image
image image