旧ブログで大変好評だったシリーズが満を持して復活。旧ブログでは戦前から2005年までが対象だったが、今回は選出範囲を狭め、1970年から2000年までとしている。1960年代以前、21世紀に活躍した選手は全てカットしているので、選出メンバーも旧ブログとは大きく異なっている。また、プロ入り選手を選出するのは面白味に欠けるため、ノンプロ限定としている。

☆山梨代表☆

山本信幸(東海大甲府)
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1986年夏、1987年春夏に甲子園出場。切れのある速球、カーブを内外角に投げ分け、スタミナも十分である。1986年夏は背番号10でベンチ入りを果たしたが、登板機会はなかった。1987年春はエースとして出場。初戦の大成(現・海南)戦では苦しいピッチングとなったが、4-3で勝利。2回戦の滝川二戦では11安打を浴びたが、失点は許さなかった。準々決勝で熊本工を4-0で下し、2試合連続完封勝利を達成。準決勝でPL学園に5-8で敗退したが、チームを初のベスト4に導いた。夏にも出場を果たしたが、初戦で佐賀工に1-2で敗退。本盗が決勝点となってしまった。卒業後は東海大学に進学。その後は三菱自動車岡崎に入社した。三菱自動車川崎(のち三菱ふそう川崎→廃部)でもプレーを続け、再び三菱自動車岡崎に入部。コーチ兼投手としてチームを支え続けたが、1998年に退部した。ちなみに、兄・正幸(のち法政大→本田技研熊本)も1984年春に法政二のエースとして甲子園に出場している。

樋渡卓哉(市川)
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1991年春夏に甲子園出場。伸びのある直球、落差の大きなカーブが武器である。春は初戦で浪速を3-1で下すと、2回戦の宇都宮学園(現・文星芸大付)戦では9回まで2点のリードを奪われていたが、延長11回に古屋の3塁打などで3得点を挙げ、3x-2で勝利。準々決勝の桐生第一戦でも延長11回に1点を先制されたが、その裏に古屋の遊安打などで2得点を挙げ、3x-2で勝利。準決勝で広陵に1-4で敗退したが、選抜史上初の2試合連続逆転サヨナラ勝利を収め、この快進撃は「ミラクル市川」と呼ばれた。夏は準々決勝で鹿児島実に3-7で敗退したが、甲子園通算5勝を挙げ、春夏ともにベスト8以上の好成績を残した。卒業後は慶應義塾大学に進学したが、4年次に中退。高野山大学に進学し直した。その後は日本航空山梨のコーチを務め、現在は県内企業に勤務している。ちなみに、弟・勇哉(のち立教大→NTT)も1994年夏に同校のエースとして甲子園出場を果たし、「樋渡兄弟」として注目を集めた。

小澤裕昭(甲府工)
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1997年夏に甲子園出場。直球、カーブを織り交ぜ、コントロールの良さにも定評がある。初戦の八頭戦では投打にわたって活躍。3安打4打点を挙げると、投げては直球、カーブを内外角に散らし、八頭打線を6安打無失点に抑え込んだ。2回戦の豊田大谷戦でも巧みなピッチングが冴え渡り、4-2で勝利。3回戦で市船橋に4-5で敗退したが、チーム初の完封勝利を収め、一大会で2勝を挙げた。卒業後は日本大学に進学。その後は日産自動車(廃部)に入社したが、2003年に心筋炎を発症し、意識不明になった。病室にはノートが備え付けられ、甲府工や日産の仲間たちは励ましの言葉を書き込んだが、祈りは届かず、24歳の若さで他界。しかし、同年の社会人野球日本選手権大会ではチームが優勝を達成し、仲間たちは小澤のユニフォームや遺影とともに久保恭久監督を胴上げした。

☆新潟代表☆

林真道(新潟南)
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1984年夏に甲子園出場。190センチの長身であり、「ジャンボ」の愛称で親しまれた。下馬評は高くなかったが、初戦の京都西(現・京都外大西)戦では延長11回にサヨナラ左前打を放つと、3回戦の明徳義塾戦でも投打にわたって活躍。8回に決勝の2点本塁打を放つと、投げては伸びのある直球、大きく曲がり落ちるカーブで相手打者を手玉に取った。4-2で勝利を収め、新潟県勢としては戦後初のベスト8入りを決めた。準々決勝で金足農に0-6で敗退したが、強豪校を次々と下しての8強入りは立派だった。卒業後は日本大学に進学。その後は地元のテレビ局・NT21に入社したが、十数年前に酒気帯びひき逃げ事故を起こし、逮捕されたそうである。ただし、某有名掲示板の情報であるため、真偽のほどは定かではない。

穐谷正人(中越)
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1994年夏に甲子園出場。重い速球、大きく縦に割れるカーブ、スライダーが持ち味である。初戦の坂出商戦では5安打1失点。2回戦の浦和学院戦では、試合前に蕁麻疹で救急病院に運び込まれるアクシデントに見舞われたが、浦和学院打線をわずか2安打に抑え込むと、打っては9回にサヨナラ中前打を放つなど、投打にわたって活躍。3回戦で長崎北陽台に2-3で敗退したが、チーム初の一大会で2勝を挙げ、県勢10年ぶりのベスト16に大きく貢献した。また、全日本アメリカ遠征のメンバーにも選出された。卒業後は東芝に入社。その後はニチエー(現・バイタルネット)でプレーを続け、現在は同社で社業に専念している。

☆富山代表☆

横森宏行(高岡商)
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1982年夏に甲子園出場。下手から投じる速球、スライダーで三振の山を築き上げ、「ドクターK」と呼ばれた。下馬評は高くなかったが、初戦の宇部商戦では外に逃げるスライダーで相手打者を手玉に取り、先発全員から13奪三振。3回戦の熊本工戦でも7回まで5安打1失点だったが、終盤に熊本工打線に掴まり、2-5で敗退した。準々決勝進出はならなかったが、県勢8年ぶりの白星を挙げ、聖地に現れた「雪国のサブマリン」の活躍は今も強くファンの記憶に残っている。卒業後は電電富山(現・NTT北陸)に入社。現在の近況は不明である。

酒井盛政(新湊)
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1986年春夏に甲子園出場。切れの良い直球、カーブで丁寧にコーナーを突き、打たせて取るピッチングに徹している。春は初戦の享栄戦でエース・近藤真一(のち中日)と投げ合い、1-0で勝利。2回戦の拓大紅陵戦では初回に4点を奪われたが、7回以降は拓大紅陵打線を無失点に抑え込む好投を見せた。打っては6回に逆転の左前打を放ち、投打にわたって活躍。準々決勝の京都西戦では18安打を浴びたが、持ち前のマウンド度胸で大量失点は許さなかった。準決勝で宇都宮南に3-8で敗退したが、県勢初のベスト4に大きく貢献。下馬評を次々と覆しての快進撃は「新湊旋風」と称賛され、これには地元市民も大喜びだった。夏にも出場を果たしたが、初戦で天理に4-8で敗退した。卒業後は伏木海陸運送に入社。その後は軟式でプレーを続けた。現在はスポーツ後援会の事務局を担当している。

▼前回


▼次回


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・山本信幸(野球選手)
・樋渡卓哉(野球選手)
・小澤裕昭(野球選手)
・林真道(野球選手)
・穐谷正人(野球選手)
・酒井盛政(野球選手)

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・『地域別高校野球シリーズ20 北陸の高校野球[富山、石川、福井]』ベースボール・マガジン社, 2015年, p.19
・『週刊朝日 8月10日号増刊 '87甲子園大会号』朝日新聞社, 1987年, p.56
・『別冊週刊ベースボール陽春号 第59回選抜高校野球大会決算号』ベースボール・マガジン社, 1987年, p.122
・『報知高校野球 特集・'91センバツ速報・広陵サヨナラ優勝』報知新聞社, 1991年, p.77, p.83
・『週刊朝日 8月15日号増刊 '91甲子園大会号』朝日新聞社, 1991年, p.58
・『週刊朝日 8月15日号増刊 '97甲子園大会号』朝日新聞社, 1997年, pp.42-43
・『週刊ベースボール 9月6日号増刊 第79回全国高校野球総決算号』ベースボール・マガジン社, 1997年, p.194
・『ホームラン 甲子園大会<1984> 第66回全国高校野球選手権大会総集』日本スポーツ出版社, 1984年, p.31
・『アサヒグラフ増刊 9月5日号 '94甲子園の夏 第76回全国高校野球選手権大会完全記録』朝日新聞社, 1994年, p.101
・『報知高校野球 '94選手権速報・佐賀商が劇的初優勝』報知新聞社, 1994年, p.20, p.86
・『週刊朝日 8月10日号増刊 甲子園大会号 第64回全国高校野球選手権』朝日新聞社, 1982年, p.48
・『アサヒグラフ増刊 9月3日号 第64回全国高校野球選手権大会』朝日新聞社, 1982年, p.71
・『ホームラン '86センバツ 第58回センバツ高校野球大会総決算号』日本スポーツ出版社, 1986年, p.19
・『スポーツ報知』【山梨】市川、最後の夏に「ミラクル」を超えてくれ…91年春4強エース・樋渡さんがエール, 2019年,
https://hochi.news/articles/20190712-OHT1T50252.html(最終閲覧日:2020年7月24日)
・『Yahoo!ニュース』高校野球 「最後の夏」だった市川(山梨)のミラクルとは?, 2019年, https://news.yahoo.co.jp/byline/yonobuyuki/20190722-00135172/(最終閲覧日:2020年7月24日)
・『朝日新聞デジタル』新潟)会心の一発で8強に 84年の新潟南―明徳義塾, 2018年,
https://www.asahi.com/articles/ASL6C03WJL6BUOHB00B.html(最終閲覧日:2020年7月25日)
・『スポニチ』【富山】突如出現した下手投げのドクターK 高岡商・横森, 2018年,
https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/07/02/kiji/20180630s00001002308000c.html(最終閲覧日:2020年7月25日)
・『毎日新聞』第88回都市対抗野球大会出場 伏木海陸運送元投手・酒井盛政さん /富山, 2017年,
https://mainichi.jp/ama-baseball/articles/20170706/ddl/k16/050/603000c(最終閲覧日:2020年7月25日)

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・ 1枚目:『アサヒグラフ増刊 9月1日号 '87甲子園の夏 第69回全国高校野球選手権大会』朝日新聞社, 1987年, p.62
・ 2枚目:『週刊朝日 8月15日号増刊 '91甲子園大会号』朝日新聞社, 1991年, p.206
・ 3枚目:『アサヒグラフ増刊 9月1日号 '97甲子園の夏 第79回全国高校野球選手権大会完全記録』朝日新聞社, 1997年, p.58
・ 4枚目:『報知高校野球 '84選手権速報◉取手二初優勝!』報知新聞社, 1984年, p.19
・ 5枚目:『アサヒグラフ増刊 9月5日号 '94甲子園の夏 第76回全国高校野球選手権大会完全記録』朝日新聞社, 1994年, p.101
・ 6枚目:『アサヒグラフ増刊 9月3日号 第64回全国高校野球選手権大会』朝日新聞社, 1982年, p.70
・ 7枚目:『地域別高校野球シリーズ20 北陸の高校野球[富山、石川、福井]』ベースボール・マガジン社, 2015年, p.19


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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