旧ブログで大変好評だったシリーズが満を持して復活。前回に引き続き、クイズも用意したので、解答を考えながら読み進めて欲しい。懐かしの校名が目白押しである。

☆桐蔭(和歌山)☆
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(画像)Q1.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1961年夏に甲子園出場。準優勝の立役者。

出場:36回
通算成績:45勝33敗
優勝:3回
準優勝:4回
初出場:1915年(夏)
直近:2015年(春)※21世紀枠
主なOB:井口新次郎、小川正太郎、山下好一、宇野光雄、西本幸雄、西村(伊沢)修

戦前に一世を風靡した伝説の名門校である。1915年夏に「和歌山中」として大会初出場でベスト4入りを果たして以来、夏の甲子園では14回連続出場。また、1929年春までは11季連続甲子園出場を果たした。1921年夏、1922年夏に優勝を果たし、史上初の夏連覇を達成。1927年春には小川正太郎(のち早稲田大)の好投で3度目の優勝を達成した。全4試合で75得点を挙げ、メンバーはアメリカ遠征にも行っている。1923年夏、1928年春は準優勝。戦前に黄金期を築き上げ、「和中の前に和中なく、和中のあとに和中なし」と言われた。1948年に「桐蔭」に改名。同年夏は西村修(のち阪神)の好投で3度目の準優勝を達成したが、以降は低迷期に陥った。それでも1961年夏に(Q1)の活躍で4度目の準優勝。その後は「箕島」「智辯和歌山」に阻まれ、甲子園出場には届かなかったが、2015年春に21世紀枠で復活出場を果たした。ちなみに、2015年夏に第1回大会出場校として、石井主将が復刻ユニフォームで「高校野球100年」の横断幕を持って行進。2018年夏にも第1回大会から地方大会に出場している「皆勤校」として、坂本主将が入場行進する全国56代表校を先導した。

☆桐生(群馬)☆
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(画像)Q2.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1978年春夏に甲子園出場。1978年春はベスト4。

出場:26回
通算成績:28勝26敗
優勝:ー
準優勝:2回
初出場:1927年(夏)
直近:1978年(夏)
主なOB:皆川定之、中村栄、常見昇、毒島章一、今泉喜一郎、田辺義三、阿久沢毅

野球部は稲川東一郎が同校在学中に創部したものであり、卒業後に監督に就任。稲川監督はその情熱を全て注ぎ込み、「稲川道場」を開設した。1927年夏に「桐生中」として甲子園初出場。1931年夏にベスト8入りを果たすと、1936年春には青木正一(のち大阪→全桐生→高崎理研)、皆川定之(のち大阪→全桐生→急映→大生相互銀行→全前橋→河合楽器)を擁し、準優勝を達成した。1947年春はベスト4。1950年春はベスト8入りを果たし、1955年春には今泉喜一郎(のち大洋)が準々決勝の明星戦で史上6人目のノーヒットノーランを達成するなどの活躍で2度目の準優勝を達成した。1978年には(Q2)、阿久沢毅(のち群馬大)を擁し、春夏連続甲子園出場。春は阿久沢の2試合連続本塁打などの活躍でベスト4入りを果たしたが、夏は2回戦で県岐阜商に敗退した。主に春の選抜で強さを発揮していたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆上宮(大阪)☆
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(画像)Q3.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1993年春に甲子園出場。優勝の立役者。背番号9の異色のエース。

出場:9回
通算成績:22勝8敗
優勝:1回
準優勝:1回
初出場:1980年(春)
直近:1997年(春)
主なOB:一枝修平、片平伸作(晋作)、笘篠誠治、笘篠賢治、西山秀二、元木大介、種田仁、宮田正直、藪田(薮田)安彦、黒田博樹

1971年に山上烈監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1980年春に甲子園初出場を果たすと、1981年春はベスト4。その後は4回連続で春の選抜に出場を果たした。1986年春、1988年春はベスト8。1989年には元木大介(のち巨人)、種田仁(のち中日→横浜→西武)を擁し、春夏連続甲子園出場を果たした。春は決勝の東邦戦で悪夢の逆転サヨナラ負けを喫したが、準優勝を達成。唯一の出場となった夏はベスト8入りを果たした。1993年春は小粒なチームだったが、(Q3)の好投で初優勝を達成。(Q3)は「背番号9の異色のエース」として注目を集めた。1997年春はベスト4入りを果たし、80年代~90年代にかけて黄金期を築き上げたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、甲子園通算22勝のうち19勝を春の選抜で記録している。

☆市神港(兵庫)☆
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(画像)Q4.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1976年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:15回
通算成績:22勝13敗
優勝:2回
準優勝:ー
初出場:1924年(夏)
直近:1976年(夏)
主なOB:二出川延明、山下実、島秀之助、西垣徳雄、岸本正治、吉田孝司、山口高志

1924年夏に「和製ベーブ・ルース」こと山下実(のち慶應義塾大→大連満州倶楽部→阪急→名古屋)を擁し、「第一神港商」として甲子園初出場でベスト8入りを果たすと、1925年には春夏連続甲子園出場。春は準々決勝で甲陽中(現・甲陽学院)に敗退したが、夏はベスト4入りを果たした。1929年春、1930年春には西垣徳雄(のち法政大→東京鉄道管理局)、岸本正治(のち慶應義塾大→阪急)の活躍で優勝を果たし、史上初の春連覇を達成。以降は低迷期に陥ったが、1963年春に「市神港」として復活出場を果たし、ベスト4。1968年春は山口高志(のち関西大→松下電器→阪急)の好投でベスト8入りを果たしたが、1976年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。2018年に創部100年目を迎えたが、その年を最後に閉校。学校の実績は「神港橘」に引き継がれている。ちなみに、「神港学園(私神港)」との直接的な関係はない。

☆法政二(神奈川)☆
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(画像)Q5.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1982年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:11回
通算成績:19勝9敗
優勝:2回
準優勝:1回
初出場:1952年(夏)
直近:1988年(夏)
主なOB:斎田忠利、小坂佳隆、柴田勲、村上雅則、高田誠、大島公一

1949年に田丸仁監督が就任。当初は打ち勝つ野球を目指していたが、トーナメントの高校野球においてはより確率を求め、犠打やエンドランなどで確実に1点を取る、緻密かつ組織的な野球を展開する「ドジャース戦法」を取り入れた。1952年夏に甲子園初出場。1957年夏に準優勝を達成すると、1960年夏は柴田勲(のち巨人)が2回戦から決勝までの4試合を完封するなどの活躍で優勝を達成した。1961年春も優勝を果たし、史上3校目の夏春連覇を達成。夏は3連覇も期待されたが、準決勝で浪商(現・大体大浪商)に敗退した。ちなみに、このチームは「史上最強」の呼び声も高い。60年代に黄金期を築き上げたが、田丸監督が退任してからは徐々に低迷。1988年夏を最後に、平成に入ってからは甲子園出場から遠ざかっている。

☆川之江(愛媛)☆
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(画像)Q6.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1979年春に甲子園出場。ベスト8入りの立役者。

出場:6回
通算成績:8勝6敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1979年(春)
直近:2002年(夏)
主なOB:鎌倉健、篠原慎平(中退)

県東部の県立高校として、地元からは根強い人気を誇っている。1979年春に(Q6)を擁し、甲子園初出場。準々決勝で浪商に惜しくもサヨナラ負けを喫したが、ベスト8入りを果たした。その後は「松山商」「今治西」の合間を縫うようにして甲子園出場。1982年からは2年連続で夏の甲子園に出場を果たした。90年代に入ってからは「宇和島東」の台頭もあり、低迷期に陥ったが、2002年夏に鎌倉健(のち日本ハム)を擁し、11年ぶりの復活出場。鎌倉は投打にわたって活躍し、ベスト4入りを果たしたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、この大会では8強に四国4県が全て残り、四国勢の強さを印象付けた大会でもあった。

☆日田林工(大分)☆
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(画像)Q7.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1999年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:6回
通算成績:7勝6敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1973年(夏)
直近:2008年(夏)
主なOB:源五郎丸洋、樋口龍美、村岡耕一、渡辺麿史

「林工」の愛称で親しまれている強豪校であり、甲子園出場校で唯一の林業と工業を併設している学校でもある。1973年夏に甲子園初出場を果たすと、以降は県内の優勝候補に名を連ねるほどの強豪校に成長。1976年春にはベスト4入りを果たした。1981年に部員の寮費免除が発覚。野球部は廃部となったが、翌年に復活を果たし、県高野連に再加盟。1990年春に12年ぶりの復活出場を果たした。初戦敗退が少なく、甲子園でも存在感を示していたが、近年は「明豊」に押される形となり、2008年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆日大一(東京)☆
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(画像)Q8.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1973年春夏に甲子園出場。1973年春はベスト8。

出場:10回
通算成績:7勝10敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1963年(春)
直近:1988年(夏)
主なOB:大羽進、小林正之、宇野輝幸、保坂英二、竹田光訓

甲子園出場経験のある「日大二」「日大三」とは兄弟校であり、東西の大会に分かれる以前の単独東京大会として最後の東京代表校でも有名である。1955年に高橋理監督が就任。「三高に追い付け追い越せ」を合言葉に、チームを強豪校に育て上げ、1963年春に甲子園初出場。1968年からは4年連続で夏の甲子園に出場を果たしたが、いずれも2回戦までに姿を消した。1973年は(Q8)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たしたが、夏は初戦で今治西に敗退した。1988年夏を最後に、平成に入ってからは甲子園出場から遠ざかっている。

☆千葉商(千葉)☆
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(画像)Q9.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1970年春に甲子園出場。ベスト8入りの立役者。

出場:8回
通算成績:5勝8敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1939年(夏)
直近:1977年(夏)
主なOB:小川善治、板倉正男、高橋重行、高浦美佐緒(己佐緒)、勝呂博憲(壽統)

千葉県の総体的な特徴としては洗練されているが、土の匂いの残る雰囲気があった。その代表格が千葉商である。1939年夏に甲子園初出場を果たすと、1940年夏はベスト8。以降は「銚子商」「習志野」の合間を縫うようにして甲子園出場を果たした。1970年夏は(Q9)、高浦美佐緒(のち法政大→三菱自動車川崎→大洋)の活躍でベスト8入りを果たし、初の一大会で2勝を挙げた。その後は「拓大紅陵」「東海大浦安」「市船橋」などの新鋭校が台頭してきたこともあり、1977年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆日大東北(福島)☆
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(画像)Q10.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1990年夏に甲子園出場。チームの甲子園初勝利に大きく貢献。

出場:7回
通算成績:1勝7敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1987年(夏)
直近:2003年(夏)
主なOB:柳沼美広

1987年夏に甲子園初出場を果たすと、同年秋に宗像忠典監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1990年夏に小川款、(Q10)の「2枚看板」で甲子園初勝利を挙げると、1996年からは3年連続で夏の甲子園に出場。「学法石川」とともに県内の高校野球界を引っ張ったが、21世紀に入ってからは「聖光学院」の一強時代となり、2003年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。一大会で2勝以上を挙げたことはなく、7回出場で勝ち星はわずか1勝にとどまった。ちなみに、1998年夏は初戦の宇部商戦で渡辺功之(のち亜細亜大)の右手がフェンスに挟まるという珍事が起きている。

☆クイズの解答☆
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Q1. 森川勝年
Q2. 木暮洋
Q3. 牧野光将
Q4. 中村誠
Q5. 桜井浩一
Q6. 鍋島博
Q7. 藤内滝太
Q8. 小山憲英
Q9. 永島時郎
Q10. 増賀英之

※全問正解した方っているんですかね…?

▼前回


▼次回


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・木暮洋(野球選手)
・牧野光将(野球選手)

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・『高校野球100年記念 高校野球強豪校伝説 甲子園の歴史を彩ってきた古豪、新鋭が勝利順で一挙登場!』 ベースボール・マガジン社, 2015年, p.47, p.70, p.82, p.85
・『甲子園に出る!高校ガイド 完全データ付き』手束仁, 廣済堂出版, 2011年, pp.180-181, p.187, p.198, p.201, p.228, p.235, p.247
・『高校野球を200%楽しむ観戦読本』手束仁, 実業之日本社, 2013年, p.162, p.165, pp.196-197, p.211, p.217
・『甲子園熱闘伝説』双葉社, 2008年, p.105, p.111, p.120, p.128, p.162, p.165, p.171, p.186, p.201
・『スポーツ伝説16 高校野球強豪校伝説 甲子園の熱きドラマを紡ぎ出す”強者たち”をこの一冊に完全収録!』ベースボール・マガジン社, 2000年, p.56, pp.96-99, p.135, p.138, pp.140-142, p.156, pp.158-159, p.161, p.169, p.175
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.31, p.95
・『高校野球 甲子園出場校事典』森岡浩, 東京堂出版, 1998年, p.30, p.42, pp.54-55, p.68, pp.77-78, p.147, p.162, pp.182-183, p.235, pp.272-273
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.42, p.84
・『高校野球がまるごとわかる事典』森岡浩, 日本実業出版社, 2005年, pp.46-47
・『夏の高校野球100年史 「真夏の風物詩」 甲子園の栄光の軌跡』ベースボール・マガジン社, 2015年, p.24, p.28
・『甲子園・栄光の熱戦物語』尾崎秀史, 梧桐書院, 1977年, p.99
・『高校野球100周年100戦!』ぴあ株式会社, 2015年, p.72
・『SPAIA』【強いべ!】福島県の野球強豪校4選, 2016年,
https://spaia.jp/column/baseball/hsb/351(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『Wikipedia』鎌倉健, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%81%A5(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『Wikipedia』日本大学第一中学校・高等学校, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%83%BB%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『朝日新聞デジタル』東京の70回大会史 60年ぶり、首都へ大優勝旗, 2018年,
https://www.asahi.com/articles/ASL4V3DV2L4VPTQP002.html(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『毎日新聞』市神港野球部
100年で幕 夢の甲子園へ、神港橘始動 /兵庫, 2017年,
https://mainichi.jp/koshien/articles/20170807/ddl/k28/050/298000c(最終閲覧日:2020年8月14日)

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・ 1枚目:『1945~1985 激動のスポーツ40年史② 高校野球/隆盛への軌跡』吉田正雄, ベースボール・マガジン社, 1985年, p.112
・ 2枚目:『毎日グラフ 4月20日号 球春白熱! 燃える甲子園』毎日新聞社, 1978年, p.32
・ 3枚目:『YouTube』1993 春選抜 上宮  大宮東 共に決勝までの勝ち上がり, 2016年, https://www.youtube.com/watch?v=Njh3UzOl9Z0
・ 4枚目:『ゴング9月号増刊 '76甲子園大会 第58回全国高校野球選手権大会総集』日本スポーツ出版社, 1976年, p.54
・ 5枚目:『輝け甲子園の星 1982 Vol.4 ★第64回全国高校野球選手権』日刊スポーツグラフ, 1982年, p.149
・ 6枚目:『輝け甲子園の星 センバツ大会号』日刊スポーツ出版社, 1979年, p.136
・ 7枚目:『YouTube』日田林工―青森山田, 2016年, https://www.youtube.com/watch?v=w8AnMrHmmr4
・ 8枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]1 東京編』ベースボール・マガジン社, 2007年, p.53
・ 9枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]8 関東編Ⅰ 茨城・千葉』ベースボール・マガジン社, 2009年, p.50
・ 10枚目:『アサヒグラフ増刊 9月5日号 '90甲子園の夏 第72回全国高校野球選手権大会 オールカラー全試合収録』朝日新聞社, 1990年, p.87


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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