旧ブログで大変好評だったため、前後編に分けて更新致します。

image

【前回の振り返り】

東海大浦安の2塁手・浜名翔は小柄ということもあり、内野手に専念していたが、エース・井上大輔(のち東海大)の故障により、県大会5回戦で初登板を果たした。得意のシュートで相手打者を手玉に取り、甲子園への切符を掴むと、初戦の延岡学園戦では10安打1失点。3回戦の日大豊山戦では本塁打を浴びたが、6回以降に許した安打はわずか1。準々決勝の横浜戦では頭脳的な投球が冴え渡り、2-1で優勝候補を下す大金星を挙げた。果たして浜名は準決勝でどのような投球を見せてくれるのか。

▼前編


image

準決勝の相手は育英だった。育英は1番から7番まで6秒台前半で走る機動力を持っており、中でも川原、栗山巧(のち西武)は7盗塁。相手投手を揺さぶり、足を絡めた攻撃で県大会を勝ち抜いてきた。1回裏、東海大浦安は浜名が2塁打で出塁。続く山田憲(のち日本ハム→サウザンリーフ市原→群馬ダイヤモンドペガサス→関東西濃運輸)が四球を選ぶと、森、中村一生(のち国際武道大→中日→オリックス)の連続安打で3点を先制した。3回にも4長短打で2点を追加すると、6回には打者一巡の猛攻で3点を追加。9-0となり、試合はワンサイドになるかと思われた。

image
(画像)初回に自らのバットで2塁打を放った浜名。9点のリードを奪い、試合はワンサイドになるかと思われたが…。

6回まで育英打線を3安打に抑え込んでいたが、県大会から8連投。肘と肩は炎症を起こし、握力は完全に落ちていた。そして7回表、ついに育英打線に掴まってしまう。上野、川原に2点本塁打を打たれ、4失点。1イニング2本塁打で反撃の狼煙を上げ、流れは育英に傾き始めていた。8回表、東海大浦安のマウンドには井上が上がったが、怪我による投げ込み不足や初登板の緊張もあり、制球が定まらなかった。片山、小林に連続四球を与えると、続く山下の2塁打で2失点。さらに平凡な投飛を落球し、2点差にまで詰め寄られたが、再び浜名がマウンドに上がり、後続を打ち取った。その裏、東海大浦安は山田、森の連続安打でダメ押しともいえる1点を追加。10-7でチーム初の決勝進出を決めた。

image
(画像)力投する浜名。粘りの投球で育英を振り切り、チーム初の決勝進出を決めた。


(動画)YouTubeより。

「この日のためにあんなに辛い練習をしてきた。だからこそ優勝したい」

智辯和歌山との決勝戦。試合前、浜名はそう心に呼び掛けた。しかし、連投の影響もあり、体は疲れ果てていた。疲労回復のため、チタンテープを貼り、大阪市内の病院でマッサージも受けた。登板回避という選択肢もあったが、浜名はテーピングをした右腕をアンダーシャツで隠し、決勝のマウンドに立った。1回表、2死2塁で池辺啓二(のち慶應義塾大→新日本石油)を三振に打ち取ったが、浜名はプライドだけで勝てるほど、高校野球は甘くないと感じていたという。

image
(画像)右肘は既に限界に達していたが、決勝のマウンドに立った浜名。気力だけで投げ続けた。

浜名には何の力も残っていなかった。2回には制球が乱れ、3死球。得意球のシュートが全てすっぽ抜けた。その後はベンチに戻るたびに腕のテーピングの位置を変え、だましだましの投球を続けたが、智辯和歌山のバッティングは想像以上だった。6回までに堤野健太郎(のち慶應義塾大)の2打席連続本塁打を含む11安打で5失点。どこに投げても打たれ、味方打線が点を取ってくれるたびに、相手の強力打線に掴まった。それでも浜名はマウンドを降りず、気力だけで投げ続けた。森下倫明監督に「まだ行けるか」と聞かれても「大丈夫です」と答えた。しかし、8回に打者一巡の猛攻で5失点。マウンドを井上に譲ったが、代わった井上も後藤仁(のち同志社大→箕島球友倶楽部)にソロ本塁打を打たれ、6-11で敗退。優勝の夢を断たれ、浜名の最後の夏は終わりを告げた。

image
(画像)8回に智辯和歌山打線に掴まった浜名(右)。全5試合で先発を任され、疲れの色を隠せなかった。


(動画)YouTubeより。

終わってみれば、浜名は智辯和歌山打線に18安打を打たれていた。しかし、173センチと小柄ながらも豪打の智辯和歌山打線に全力で立ち向かった。右肘は既に限界に達していたが、力一杯のボールを投げ込んだ。県大会を含め、浜名は7試合を完投。甲子園でも全5試合で先発を任され、647球を投げ抜いた。試合後、智辯和歌山の主将・堤野と抱き合い、こう呟いた。

「このチームでキャプテンをさせて貰って良かった」

image
(画像)試合後、堤野と抱き合う浜名(手前)。「ありがとう」と声を掛け、お互いの健闘を称え合った。

大会後、浜名は富山国体に出場。初戦の樟南戦では9回終了時点で2-2の同点だったが、大会規定により、抽選で勝敗を決定。樟南の選手が当たりクジを引き当てたため、惜しくも初戦敗退となった。全日本アメリカ遠征のメンバーにも選出され、DHとして出場。他校の選手とも交流を深めた。卒業後は東海大学に進学したが、痛めた肘は最後まで治らず、野球を断念。その後はメディアに姿を見せないため、浜名の近況は不明である。某有名掲示板ではホストになったという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。

image
(画像)甲子園で647球を投げ抜いた浜名。甲子園一の人気者であり、スタンドからは「浜名コール」も沸き起こっていた。

image

・橋本剛(野球選手)
・堤野健太郎(野球選手)
・池辺啓二(野球選手)
・山野純平(野球選手)
・後藤仁(野球選手)
・東海大浦安 VS 智辯和歌山(名勝負)

image

・『地域別高校野球シリーズ16 関東の高校野球Ⅰ[茨城、千葉]』ベースボール・マガジン社, 2014年, pp.50-51
・『平成甲子園 ~高校野球真夏の名勝負~』日刊スポーツ出版社, 2008年, p.91
・『別冊宝島1206 今だからわかる 分析! 高校野球名勝負 因縁の対決・逆転劇・投手戦・打撃戦など』宝島社, 2005年, p.139
・『甲子園決勝 因縁の名勝負20』上杉純也, トランスワールドジャパン株式会社, 2014年, pp.254-258, pp.269-270
・『熱闘!! 甲子園夢伝説 ビッグ・ヒーロー&ゲーム1956~2002』学研, 2002年, pp.152-153
・『激闘! 甲子園~グラウンドの表裏~ [栄光の陰に知られざる事実があった!]』桃園書房, 2006年, p.110
・『週刊朝日 8月15日号増刊 2000甲子園大会号』朝日新聞社, 2000年, pp.38-39, pp.44-45, p.75, p.180
・『アサヒグラフ増刊 9月5日号 2000甲子園の夏 第82回全国高校野球選手権大会完全記録』朝日新聞社, 2000年, pp.10-11, p.71, pp.102-103, p.120, pp.131-132
・『週刊ベースボール 9月9日号増刊 第82回全国高校野球総決算号』ベースボール・マガジン社, 2000年, pp.6-9, p.15, p.21, p.95, p.113, p.125, pp.151-153
・『輝け甲子園の星 2000大会号』日刊スポーツ出版社, 2000年, p.6, p.9, p.34, pp.118-119, p.134, p.150
『ホームラン 9・10月号 2000年 夏 甲子園 第82回大会 決戦速報号』日本スポーツ出版社, 2000年, p.8, p.10, p.12, p.16, p.80, p.87
・『報知高校野球 [選手権大会速報]智弁和歌山が優勝!今世紀最後を飾る』報知新聞社, 2000年, p.5, p.7, p.45, p.57, p.66, p.92
・『輝け甲子園の星 2000秋季号』日刊スポーツ出版社, 2000年, p.18
・『輝け甲子園の星 2001夏季号』日刊スポーツ出版社, 2001年, pp.10-12
・『Wikipedia』神内靖, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%86%85%E9%9D%96(最終閲覧日:2020年9月9日)

image

・ 1枚目:『週刊朝日百科 <週刊> 甲子園の夏 1999-2002 vol.19 81・82・83・84回大会』朝日新聞社, 2008年, p.24
・ 2枚目:『YouTube』【高校野球】 東海大浦安ー育英, 2019年,
https://www.youtube.com/watch?v=DgfekOokp_M
・ 3枚目:『ホームラン 9・10月号 2000年 夏 甲子園 第82回大会 決戦速報号』日本スポーツ出版社, 2000年, p.12
・ 4枚目:『輝け甲子園の星 2000大会号』日刊スポーツ出版社, 2000年, p.9
・ 5枚目:『週刊ベースボール 9月9日号増刊 第82回全国高校野球総決算号』ベースボール・マガジン社, 2000年, p.9
・ 6枚目:『YouTube』2000年選手権決勝 智弁和歌山対東海大浦安 vol.3, 2020年,
https://www.youtube.com/watch?v=1s31clFbA2Q
・ 7枚目:『思い出甲子園 ヒーローと呼ばれたエースたち』日刊スポーツ出版社, 2006年, p.47


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

image


imageimage


image


image image
image image
image image