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水戸商のエース・三橋孝裕は下手から投じるカーブ、スライダー、シンカーが武器であり、抜群のコントロールを誇っていた。2年秋から腕の位置をサイドに変え、球威、制球力ともに向上。180センチと長身であり、周囲からは「勿体ない」という声も上がったが、三橋には下手が最も投げやすかった。県大会決勝の藤代戦が公式戦初先発となったが、110キロ台の直球、緩いカーブで相手打者を手玉に取り、強打の藤代打線を5安打完封で下した。関東大会初戦の東農大三戦では延長13回を投げ、4-1で勝利を収めたが、準々決勝で横浜に0-2で敗退。当落線上ギリギリとなったが、地域性の関係もあり、翌春の選抜に出場することが決定した。

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(画像)多彩な変化球で相手打者を惑わせた三橋。関東大会準々決勝で横浜に0-2で敗退し、当落線上ギリギリとなったが、翌春の選抜に出場することが決定した。

滑り込みで選抜出場校に選ばれたため、下馬評は高くなかったが、その声が三橋の闘志に火を付ける。初戦の岩国戦では110キロ台の直球、緩いカーブで相手打者を翻弄。岩国打線を5安打2失点に抑え込んだ。味方打線も2回に小林のソロ本塁打、助川の中前打などで3点を先制すると、6回にも1死3塁で三橋がスクイズを決め、ダメ押しともいえる1点を追加。全員安打の13安打を放ち、4-2で勝利を収めた。試合後、三橋はこう話した。

「自分のピッチングができました」

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(画像)緩急を付けた投球で相手打者を手玉に取った三橋。母校に選抜初勝利をもたらした。

2回戦の相手は日大三戦だった。日大三は鋭くコンパクトに振り抜く打法を徹底しており、チーム打率は.388。猛打で勝ち上がってきたが、三橋は冷静だった。直球、緩いカーブを武器に相手打者を打ち取り、4安打完封。一度も3塁を踏ませることなく、わずか95球の「省エネ投法」だった。打っては4打数2安打2打点と投打にわたって活躍。3-0で準々決勝進出を決めた。試合後、三橋はこう話した。

「相手は強力打線なので、低めに集めることだけを考えました。監督に5点くらいやっても良いと言われましたけど、ピンチでも落ち着くことができたし、余裕がありました」

準々決勝の三重海星戦は苦しい試合となった。三橋は制球が定まらず、2回までに2失点。味方打線もエース・岡本篤志(のち明治大→西武)の変化球に手こずったが、6回に川上が中前打で出塁。小林の右前打、倉持の2塁打で3-3の同点に追い付くと、三橋が自らのバットで中前打を放ち、1点を追加した。これで三橋の投球はますます冴え渡る。3回以降は持ち前の緩急を生かした投球を披露。9回に1点を失ったが、4-3で準決勝進出を決めた。試合後、三橋はこう話した。

「1勝するのが目標だったのに…。ベスト4まで来るなんて。甲子園で3試合を投げて精神的にも成長した。自信が付いた」

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(画像)持ち前の緩急を生かした投球で三重海星打線を7安打3失点に抑え込んだ三橋。打っては6回に逆転の中前打を放つなど、投打にわたって活躍した。


(動画)YouTubeより。

準決勝の今治西戦でも三橋は立ち上がりを攻められ、4回までに3点を失ったが、打線が三橋を盛り立てる。5回に四死球の走者を生かし、相手の失策などで4得点を挙げると、7回には小林、倉持の連続安打で2点を追加。8回にも5長短打で4点を追加し、11-3で勝利。チーム初の決勝進出を決めた。試合後、三橋はこう話した。

「甲子園の決勝なんて夢の舞台ですから。でも、ここまで来たからには勝ちたいし、勝てると思う」

しかし、三橋は連投の疲れもあり、肩や肘は既に悲鳴を上げていた。準々決勝の三重海星戦では股関節に打球を当て、大会期間中には風邪もこじらせていた。橋本實監督は三橋の体を心配し、「大丈夫か」と何度も尋ねたが、三橋の答えはいつも一つだった。

「大丈夫です。行かせてください」

三橋は決勝の沖縄尚学戦でもマウンドに立ったが、球威は失われ、制球力も今一つだった。2回に比嘉寿光(のち早稲田大→広島)の左越え2塁打などで2失点。その後も沖縄尚学の強力打線が三橋を襲った。5回に荷川取に犠飛を打たれると、6回には新垣の3塁打などで1失点。さらに、7回には浜田に2点本塁打を打たれ、三橋はマウンドを降りた。三橋にとって、この本塁打が高校生になってから初めて打たれた本塁打となった。味方打線も2回に石田の左前打などで2点を先制したが、以降は照屋正悟(のち東京農大)に完璧に抑え込まれ、2-7で敗退。惜しくも優勝はならなかったが、三橋はすぐに晴れやかな笑顔を浮かべ、こう話した。

「決勝で勝つ力はまだなかったということ。でも、ここまで来られただけで得たものは大きかった」

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(画像)故障を押して決勝のマウンドに立った三橋(左)。気力だけで投げ続けた。


(動画)YouTubeより。

厳しい練習が嫌で野球を辞めようと考えたこともあった三橋。橋本監督のアドバイスで下手投げに転向してからは見違えるようなピッチングを見せた。関東大会では準々決勝で横浜に0-2で敗退したが、滑り込みで選抜出場校に選ばれ、下馬評を次々と覆す快進撃を見せた。本格派と言われた注目投手が次々と敗れる中、全くの無名投手だった三橋が決勝まで勝ち進んだ。惜しくも優勝には手が届かなかったが、三橋の右腕が準優勝の原動力になったのは間違いなかった。

すぐに夏に向けての練習が始まった。三橋は春の県大会では2試合に登板。決勝で鉾田一を2-0で下すと、2回戦の宇都宮学園(現・文星芸大付)戦では粘りの投球で要所を締め、3-2で勝利。準々決勝で桐生第一に0-6で敗退したが、夏の県大会では優勝候補筆頭だった。準々決勝の科技学園日立戦では2点リードされ迎えた6回裏、無死1、3塁で小林が3点本塁打を放ち、4-2で勝利。準決勝の竜ヶ崎一戦では三橋が牽制を決めるなど、相手の機動力野球を封じ込み、4-0で勝利。決勝の土浦三戦では12安打を浴びたが、粘りの投球で後続を断ち、6-5で春夏連続甲子園出場を決めた。

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(画像)選抜大会で準優勝した経験を自信に、県大会を勝ち抜いた三橋。決勝で土浦三を6-5で下し、春夏連続甲子園出場を決めた。

初戦の相手は浜田だったが、マウンド上で三橋は「研究されている」と感じた。直球を弾き返され、緩い変化球も狙い打ちされた。初回に5安打を集中され、4点を失ったが、味方打線が奮起する。5回表、武田、助川の連続2塁打などで3点を返すと、6回には5連続安打で6点を追加。全員安打の20安打、大会タイ記録の8二塁打を放ち、15-5で勝利を収めた。試合後、三橋はこう話した。

「やっぱり夏は雰囲気が違います。選抜の時より緊張しました。初回に4点も取られてヤバイなって。それだけに打って返したかったんです」

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(画像)初回に4点を失った三橋だったが、以降は尻上がりに調子を上げ、浜田打線を5安打1失点に抑え込んだ。

3回戦の相手は岡山理大付だった。三橋は腰痛を抱えての登板となり、制球が定まらなかった。そこを岡山理大付打線に付け込まれ、2回に葛城、エース・早藤祐介(のち三菱自動車水島)の連続安打で1失点。7回には森田和也(のち近畿大工学部)に左翼スタンドまで運ばれ、推定飛距離は140メートル。これはPL学園の清原和博(のち西武→巨人→オリックス)以来であり、高校野球球史に残る一発となった。三橋は「あれだけ綺麗に飛ばされたのは初めて」と「吉備のドカベン」パワーには脱帽するしかなかった。9回表、水戸商は2死2塁で打席に入ったのは三橋。この時、三橋の頭には様々な思いがよぎっていた。「最後の打者になりたくない」と三橋は思い切りバットを振ったが、無情にも打球は1塁手のグラブに収まり、0-6で敗退。準々決勝進出の夢を断たれ、三橋の最後の夏は終わりを告げた。

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(画像)9回表、2死2塁で打席に入った三橋だったが、1飛に打ち取られ、最後の打者となってしまった。


(動画)YouTubeより。

試合終了の瞬間、最後の打者となった三橋は緊張の糸が切れたかのように崩れ落ちた。腰痛を抱えながらの登板だったが、「それは関係ないです」と言い訳はしなかった。「選抜準優勝」というプレッシャーはあったが、春夏連続甲園出場。それは三橋の精神的成長の証明でもあった。初戦の浜田戦では10安打5失点。橋本監督は「芯で捉えられた打球は1本だけ。野手が風を計算に入れた守備位置を取っていれば、防げた失点でした」と話したが、各チームの戦力が向上する夏に、三橋が春ほどの結果を残せないのは覚悟していた。だからこそ、春から夏にかけ、打線の底上げを図り、ディフェンス力も強化した。初戦は味方打線が全員安打の20安打を放ち、三橋を援護してきたが、3回戦の岡山理大付戦ではそれが通用しなかった。「水戸商野球」を再現することはできなかったが、三橋は「悔しいけど、自分の力は出し切ったと思います」と甲子園を去っていった。

卒業後、三橋はJR東日本に入社。その後はJR水戸でプレーを続け、現在もマネージャーとしてチームを支え続けている。また、NHK水戸の解説者としても親しまれている。

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(画像)滑り込みで選抜出場校に選ばれながらも準優勝の立役者となった三橋。最近では少なくなった下手投げが、新鮮な驚きを高校野球ファンに与えた。

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・比嘉公也(野球選手)
・早藤祐介(野球選手)
・森田和也(野球選手)

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・『熱闘!! 甲子園夢伝説 ビッグ・ヒーロー&ゲーム1956~2002』学研, 2002年, pp.148-149
・『サンデー毎日臨時増刊 3月27日 第71回大会 選抜高校野球大会号』毎日新聞社, 1999年, p.46
・『別冊週刊ベースボール春季号 第71回 選抜高校野球大会完全ガイド』ベースボール・マガジン社, 1999年, pp.74-75
・『輝け甲子園の星 '99早春号』日刊スポーツ出版社, 1999年, pp.34-35
・『報知高校野球 一目でわかる!'99センバツ32代表校の完全データ』報知新聞社, 1999年, p.62
・『別冊週刊ベースボール陽春号 第71回選抜高校野球大会決算号』ベースボール・マガジン社, 1999年, pp.7-8, p.13, p.15, pp.54-55, pp.76-77, pp.88-89
・『輝け甲子園の星 センバツ'99 大会速報』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.6, p.9, p.14, p.31, p.38, p.88
・『報知高校野球 ['99センバツ速報] 沖縄尚学優勝!沖縄に悲願の初大旗』報知新聞社, 1999年, p.7, p.11, p.17, p.27, p.36, pp.63-64
・『週刊ベースボール 7月3日号増刊 第81回全国高校野球選手権大会予選展望号』ベースボール・マガジン社, 1999年, p.110
・『輝け甲子園の星 '99夏季号』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.39, p.54
・『週刊朝日 8月15日号増刊 '99甲子園大会号』朝日新聞社, 1999年, pp.30-31
・『アサヒグラフ増刊 9月1日号 '99甲子園の夏 第81回全国高校野球選手権大会完全記録』朝日新聞社, 1999年, p.79, p.114
・『週刊ベースボール 9月4日号増刊 第81回全国高校野球選手権大会総決算号』ベースボール・マガジン社, 1999年, p.95, p.114, p.164
・『輝け甲子園の星 '99大会号』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.36, p.56, p.128
・『ホームラン 9+10月号 '99甲子園・決戦速報号』日本スポーツ出版社, 1999年, p.82, p.89
・『報知高校野球 ['99選手権大会] 桐生第一!歓喜、感動の初優勝』報知新聞社, 1999年, p.41, p.55
・『輝け甲子園の星 '99秋季号』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.41

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・ 1枚目:『週刊朝日 8月15日号増刊 '99甲子園大会号』朝日新聞社, 1999年, p.6
・ 2枚目:『輝け甲子園の星 '99早春号』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.14
・ 3枚目:『輝け甲子園の星 センバツ'99 大会速報』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.15
・ 4枚目:『報知高校野球 ['99センバツ速報] 沖縄尚学優勝!沖縄に悲願の初大旗』報知新聞社, 1999年, p.13
・ 5枚目:『別冊週刊ベースボール陽春号 第71回選抜高校野球大会決算号』ベースボール・マガジン社, 1999年, p.8
・ 6枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]8 関東編Ⅰ 茨城・千葉』ベースボール・マガジン社, 2009年, p.38
・ 7枚目:『輝け甲子園の星 '99大会号』日刊スポーツ出版社, 1999年, p.85
・ 8枚目:『アサヒグラフ増刊 9月1日号 '99甲子園の夏 第81回全国高校野球選手権大会完全記録』朝日新聞社, 1999年, p.79
・ 9枚目:『YouTube』1999 第81回 熱闘甲子園 岡山理大VS水戸商, 2016年,
https://www.youtube.com/watch?v=NL5AoDkwd8g


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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