20世紀の高校野球

旧:‡Azure‡のbaseball日記です。ブログの趣旨が変わってきたため、名前を変更して再出発することにしました。70年代〜90年代を中心に、野球選手・名勝負等を紹介していきます。オールドファンの方に満足して頂けるようなブログを目指して頑張りますので、応援よろしくお願い致します。

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古豪・強豪校

復活が待たれる、甲子園で最近見かけなくなった古豪・強豪校⑧

旧ブログで大変好評だったシリーズが満を持して復活。前回に引き続き、クイズも用意したので、解答を考えながら読み進めて欲しい。懐かしの校名が目白押しである。

☆松山商(愛媛)☆
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(画像)Q1.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1984年夏、1986年夏に甲子園出場。1986年夏は準優勝。カメラマンで活躍。

出場:42回
通算成績:80勝35敗
優勝:7回
準優勝:4回
初出場:1919年(夏)
直近:2001年(夏)
主なOB:藤本定義、森茂雄、景浦將、坪内道則、筒井修、千葉茂、空谷(児玉)泰、千田啓介、山下律夫、藤原満、西本聖、水口栄二、佐野重樹(慈紀)

「四国四商」を代表する名門校である。近藤兵太郎監督が掲げている「守り勝つ野球」を貫き、1919年夏に大会初出場。その後は全国屈指の強豪校に成長を遂げ、四国の高校野球界を引っ張る存在にまで成長した。1925年春に初優勝を達成。1932年春に景浦將(のち立教大→大阪) を擁し、2度目の優勝を達成すると、1935年夏には千葉茂(のち巨人)を擁し、3度目の優勝を達成した。戦後は松山中と統合され、「松山東」として1950年夏に4度目の優勝を達成。ちなみに、出場回数と優勝回数の記録は松山東とで共有となっている。1953年夏は空谷泰(のち中日→近鉄)の好投で5度目の優勝を達成。1969年夏には決勝で三沢を延長18回引き分け再試合で下し、6度目の優勝を達成した。70年代に入ってからは「今治西」「新居浜商」が台頭し、低迷期に陥ったが、1986年夏に(Q1)の好投、水口栄二(のち早稲田大→近鉄→オリックス)が8打席連続安打、大会個人最多安打を記録するなどの活躍で4度目の準優勝を達成。1996年夏は決勝の熊本工戦で矢野勝嗣(のち松山大→愛媛朝日テレビ)が球史に残るミラクルを起こし、7度目の優勝を達成した。その後は「済美」「松山聖陵」などの新鋭校が台頭してきたこともあり、2001年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。甲子園通算80勝のうち60勝を夏の甲子園で記録しており、「夏将軍」と呼ばれている。また、「大正」「昭和」「平成」の3元号で優勝を達成しており、「全元号下優勝」唯一の挑戦者でもある。

☆小倉(福岡)☆
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(画像)Q2.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1946年夏、1947年春夏、1948年春夏、1949年春夏に甲子園出場。1947年春は準優勝。1947年夏、1948年夏は優勝。1949年春はベスト4。1949年夏はベスト8。史上4校目の夏連覇。野球殿堂。

出場:21回
通算成績:27勝19敗
優勝:2回
準優勝:2回
初出場:1919年(夏)
直近:1978年(春)
主なOB:有町昌昭、畑隆幸、安田猛、楠城徹、木谷良平

戦後に一世を風靡した伝説の名門校である。1919年夏に「小倉中」として大会初出場でベスト4。その後は長い低迷期に陥ったが、1946年夏からは7季連続甲子園出場。1947年春に(Q2)の好投で準優勝を達成すると、同年夏には初優勝を達成した。1948年夏は「小倉」として甲子園出場。(Q2)が全5試合を完封するなどの活躍で2度目の優勝を果たし、史上4校目の夏連覇を達成した。1949年春はベスト4。同年夏は「小倉北」として甲子園出場でベスト8入りを果たした。ちなみに、(Q2)は甲子園通算17勝を挙げ、甲子園の土を持ち帰った第1号とも言われている。1954年春には畑隆幸(のち西鉄→中日)の活躍で2度目の準優勝を達成。戦前から「小倉工」とともに県内の高校野球界を引っ張り、40年代~50年代にかけて黄金期を築き上げたが、60年代に入ってからは低迷期に陥り、1978年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆沖縄水産(沖縄)☆
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(画像)Q3.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1990年夏に甲子園出場。準優勝の立役者。

出場:12回
通算成績:21勝12敗
優勝:ー
準優勝:2回
初出場:1984年(夏)
直近:1998年(夏)
主なOB:上原晃、大野倫、徳元敏、新垣渚、稲嶺誉

1980年に栽弘義監督が就任。1984年夏に甲子園初出場を果たすと、以降は5年連続で夏の甲子園に出場。1986年夏に上原晃(のち中日→広島→ヤクルト)の好投でベスト8入りを果たすと、1988年夏は平良幸一(のち沖縄電力→西武)を擁し、ベスト4入りを果たした。1990年夏は(Q3)の活躍で準優勝を達成。1991年夏は大野倫(のち九州共立大→巨人→ダイエー)が全6試合を一人で投げ抜いたが、2年連続準優勝に終わった。ちなみに、大野は773球の熱投。故障中にも関わらず起用したとして、栽監督は各所から批判を浴びた。1998年は新垣渚(のち九州共立大→ダイエー→ヤクルト)を擁し、春夏連続甲子園出場。80年代~90年代にかけて黄金期を築き上げたが、栽監督が退任してからは低迷期に陥り、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆京都外大西(京都)☆
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(画像)Q4.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1986年春、1987年春に甲子園出場。1986年春はベスト8。

出場:15回
通算成績:19勝15敗
優勝:ー
準優勝:1回
初出場:1984年(春)
直近:2010年(夏)
主なOB:大野雄大、辻孟彦

1983年に三原新二郎監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1984年春に「京都西」として甲子園初出場。1986年春は(Q4)の好投でベスト8入りを果たした。1989年春はベスト4。以降は「鳥羽」「平安(現・龍谷大平安)」に阻まれ、低迷期に陥ったが、2001年に三原監督が復帰してからは再び甲子園常連校となった。2004年夏に「京都外大西」として甲子園出場。2005年夏は本田拓人(のち近畿大→明石レッドソルジャーズ)の好投で準優勝を達成した。2010年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、三原監督の投手の癖等を見抜いた上で臨機応変な采配を振る様は、三原脩(早稲田大→全大阪→大東京)になぞらえ「三原マジック」と称された。

☆海南(和歌山)☆
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(画像)Q5.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1958年春夏に甲子園出場。春夏連続ベスト8。

出場:21回【海南】19回【大成】2回
通算成績:17勝21敗【海南】16勝19敗【大成】1勝2敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1933年(春)【大成】1982年(春)
直近:2014年(春)※21世紀枠【大成】1987年(春)
主なOB:【海南】筒井敬三、平野謙二、朝井(松葉)昇、木原義隆、山下慶徳【大成】金井清、西五十六、西三雄、西俊児

1933年春に「海南中」として甲子園初出場。ちなみに、この大会では県内から同時に4校が選出され、和歌山の高校野球のレベルの高さを証明した大会でもあった。1934年春にベスト4入りを果たすと、同年夏はベスト8。その後は「和歌山中(現・桐蔭)」「海草中(現・向陽)」とともに県内の高校野球界を引っ張る存在にまで成長。1938年春からは4季連続で甲子園に顔を出し、1938年春はベスト4。1941年春はベスト8入りを果たした。戦後に入ってからは勝ち星に恵まれなかったが、1958年に(Q5)を擁し、春夏連続ベスト8。1964年夏にはベスト8入りを果たしたが、以降は「箕島」「智辯和歌山」に阻まれ、甲子園出場には届かなかった。2008年に「大成」と合併。大成は1982年春に甲子園初出場。1987年春は「十勇士」でも話題を集めた。2014年春に21世紀枠で復活出場を果たした。

☆鎮西(熊本)☆
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(画像)Q6.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1981年夏に甲子園出場。ベスト4入りの立役者。

出場:7回
通算成績:9勝7敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1959年(夏)
直近:2014年(春)
主なOB:末次民夫(利光)、山内孝徳、松崎秀昭、高崎健太郎、立岡宗一郎

1959年夏に甲子園初出場。1967年春に初戦の愛知戦で初勝利を挙げると、以降は「熊本工」の合間を縫うようにして甲子園出場を果たした。1981年夏は(Q6)の好投でベスト4。1984年夏にも松崎秀昭(のち南海)を擁し、ベスト4入りを果たしたが、初戦の高崎商戦では試合前に審判の注意を一部の選手が壁にもたれ掛かって聞いてたり、試合中に捕手が唾を吐いたり、故意に送球を妨害するような走塁を行ったり、相手チームの選手に暴言を吐いたりなど、やりたい放題であり、大会本部から厳重注意を受けた。80年代に黄金期を築き上げたが、2014年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆福島商(福島)☆
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(画像)Q7.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】2000年春夏に甲子園出場。2000年春はベスト8。

出場:11回
通算成績:6勝11敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1951年(夏)
直近:2000年(夏)
主なOB:森口哲夫、石幡信弘、島貫省一、三浦広之、古溝克之

「福商」の愛称で親しまれている古豪である。1951年夏に甲子園初出場を果たすと、1977年には三浦広之(のち阪急)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たしたが、夏は2回戦で熊本工に敗退した。1981年にも古溝克之(のち専売公社東北→阪急→阪神→日本ハム)を擁し、春夏連続甲子園出場を果たしたが、いずれも2回戦までに姿を消した。その後は「学法石川」「日大東北」に阻まれ、甲子園出場には届かなかったが、「2回戦の壁を破れ」を合言葉に、2000年に(Q7)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たしたが、21世紀に入ってからは「聖光学院」の一強時代となり、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆明野(三重)☆
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(画像)Q8.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1984年夏、1985年春、1986年夏に甲子園出場。1986年夏はベスト16。

出場:8回
通算成績:4勝8敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1980年(夏)
直近:1988年(春)
主なOB:大道典良、広沢好輝、小山伸一郎

1978年に冨士井金雪監督が就任。冨士井監督は元々は同校のボクシング部総監督であり、野球経験は殆どなかったが、チームを強豪校に育て上げ、1980年夏に甲子園初出場。1986年夏には(Q8)、大道典良(のち南海→巨人)を擁し、初戦で池田の春夏連覇の夢を打ち砕いた。以降は4季連続甲子園出場を果たし、「パワー野球」で80年代に黄金期を築き上げたが、1990年に冨士井監督が部員の家族から金銭を受け取った疑惑を苦に自殺。チームの勢いはなくなり、1988年春を最後に、平成に入ってからは甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、茨城県にも同名校の「明野」があり、そちらも甲子園出場経験がある。

☆丸子修学館(長野)☆
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(画像)※21世紀からの出題※ Q9.この野手のフルネームを答えよ。【ヒント】2008年春に甲子園出場。日系ブラジル人。

出場:11回
通算成績:4勝11敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1962年(春)
直近:2008年(春)
主なOB:堀場秀孝(英孝)、桃井進、星野八千穂

1962年春に「丸子実」として甲子園初出場。1965年夏にベスト8入りを果たすと、1973年には堀場秀孝(のち慶應義塾大→プリンスホテル→広島→大洋→巨人)を擁し、春夏連続甲子園出場。その後もコンスタントに出場を果たしたが、結果を残せず、いずれも初戦敗退に終わった。2008年春には(Q9)を擁し、「丸子修学館」として甲子園出場。「松商学園」とともに県内の高校野球界を引っ張り、「丸実」の愛称で親しまれたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、甲子園で成績を残せないことから「松商学園」「長野」とともに内弁慶の烙印を押されている。

☆新潟商(新潟)☆
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(画像)Q10.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1963年夏に甲子園出場。初戦の鹿児島商戦では4安打完封。

出場:8回
通算成績:3勝7敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1922年(夏)※棄権
直近:1975年(夏)
主なOB:渡辺浩(浩司)、星野順治

1922年夏に大会初出場を決めたが、エースで4番を任されていたチームの大黒柱・加藤昌助が大会前に下痢で倒れたため、規定人数に達せず、棄権となった。1923年夏に初戦の明星商(現・明星)戦で初勝利を挙げると、1926年夏はベスト8。昭和に入ってからは長野県勢に押され、甲子園に代表を送れない「暗黒時代」が続いたが、1958年春に県勢32年ぶりの甲子園出場を果たすと、同年夏にも出場。1963年夏に(Q10)の好投で37年ぶりの勝利を挙げた。「長岡中(現・長岡)」としのぎを削り合い、戦前に黄金期を築き上げたが、1975年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆クイズの解答☆
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Q1. 藤岡雅樹
Q2. 福嶋一雄
Q3. 神谷善治
Q4. 佐々木善丈
Q5. 宗邦夫
Q6. 岡本成司
Q7. 芳賀健
Q8. 中村伸也
Q9. 春原ケンジ
Q10. 大橋正

※全問正解した方っているんですかね…?

▼前回


▼次回
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・藤岡雅樹(野球選手)
・福嶋一雄(野球選手)
・神谷善治(野球選手)
・佐々木善丈(野球選手)
・岡本成司(野球選手)
・芳賀健(野球選手)

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・『高校野球100年記念 高校野球強豪校伝説 甲子園の歴史を彩ってきた古豪、新鋭が勝利順で一挙登場!』 ベースボール・マガジン社, 2015年, pp.22-23, p.74, p.84, p.86, p.91
・『甲子園に出る!高校ガイド 完全データ付き』手束仁, 廣済堂出版, 2011年, p.138, p.180, p.207, p.224, p.247, p.253, pp.260-261, p.266
・『高校野球を200%楽しむ観戦読本』手束仁, 実業之日本社, 2013年, p.162, p.188, p.194, p.210, p.213, p.218, p.222
・『甲子園熱闘伝説』双葉社, 2008年, p.105, p.153, p.159, p.187, p.195, p.203, p.209
・『スポーツ伝説16 高校野球強豪校伝説 甲子園の熱きドラマを紡ぎ出す”強者たち”をこの一冊に完全収録!』ベースボール・マガジン社, 2000年, pp.64-65, pp.100-101, p.135, p.145, p.146, p.150, p.155, p.161, p.171, p.174, p.178
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.27, pp.124-127, p.134
・『高校野球 甲子園出場校事典』森岡浩, 東京堂出版, 1998年, pp.30-31, p.83, pp.106-107, p.130, pp.139-140, p.177, pp.237-238, p.250, p.268, p.284
・『地域別高校野球シリーズ11 東海の高校野球[静岡、岐阜、三重]』ベースボール・マガジン社, 2014年, p.47
・『完全保存版 夏の甲子園100回 47都道府県別 故郷のヒーロー』朝日新聞社, 2018年, pp.196-197
・『夏の高校野球100年史 「真夏の風物詩」 甲子園の栄光の軌跡』ベースボール・マガジン社, 2015年, p.26
・『高校野球がまるごとわかる事典』森岡浩, 日本実業出版社, 2005年, pp.26-27
・『甲子園・栄光の熱戦物語』尾崎秀史, 梧桐書院, 1977年, p.101, p.103
・『思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿』久保田龍雄, 日刊スポーツ出版社, 2014年, pp.68-69
・『Wikipedia』栽弘義, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%BD%E5%BC%98%E7%BE%A9(最終閲覧日:2020年11月28日)
・『Wikipedia』三原新二郎, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8E%9F%E6%96%B0%E4%BA%8C%E9%83%8E(最終閲覧日:2020年11月28日)
・『Wikipedia』長野県丸子修学館高等学校, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E9%87%8E%E7%9C%8C%E4%B8%B8%E5%AD%90%E4%BF%AE%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1(最終閲覧日:2020年11月28日)
・『朝日新聞デジタル』新潟の50回大会史 長野勢に押された「暗黒時代」にも好選手, 2018年,
https://www.asahi.com/articles/ASKCS7QRFKCSPTQP03Q.html(最終閲覧日:2020年11月23日)

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・ 1枚目:『正岡子規が故郷に伝えた「ベースボール」を再発掘 松山の野球 秘蔵写真で振り返る"野球王国"の歩み』ベースボール・マガジン社, 2014年, p.48
・ 2枚目:『YouTube』「私の昭和史」福嶋一雄(小倉高校投手/2013野球殿堂入り), 2013年, https://www.youtube.com/watch?v=8Ibt_q45dz4
・ 3枚目:『夏の甲子園 1990年代の熱闘史 灼熱の夏、聖地の記憶』ベースボール・マガジン社, 2020年, p.10
・ 4枚目:『輝け甲子園の星 1986 No.3 アイドルスペシャル★センバツ'86』日刊スポーツ出版社, 1986年, p.55
・ 5枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]11 近畿編 滋賀・京都・奈良・和歌山』ベースボール・マガジン社, 2009年, p.50
・ 6枚目:『週刊朝日 8月10日号増刊 甲子園大会号 第64回全国高校野球選手権』朝日新聞社, 1982年, p.173
・ 7枚目:『YouTube』高校野球 福島商vs北照 2000年春2回戦 第72回センバツ大会, 2020年, https://www.youtube.com/watch?v=wVp7lwG3-Fw
・ 8枚目:『輝け甲子園の星 1986 No.6 アイドルスペシャル'86』日刊スポーツ出版社, 1986年, p.66
・ 9枚目:『YouTube』春原ケンジ 丸子修学館, 2016年, https://www.youtube.com/watch?v=J9GClYGCLEs
・ 10枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]14 北信越編 新潟・長野・富山・石川・福井』ベースボール・マガジン社, 2010年, p.34


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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小さな町から誕生した名門校、高校野球の常識を覆した「やまびこ打線」

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出場:17回
通算成績:42勝14敗
優勝:3回
準優勝:2回
初出場:1971年(夏)
直近:2014年(春)

「四国のへそ」と呼ばれた小さな町から名門校が誕生した。部員数わずか11人で準優勝を達成した「さわやかイレブン」で一躍全国に踊り出ると、80年代に入ってからは打撃チームに変身を遂げ、1番から9番まで豪快にフルスイングするという型破りなスタイルで強豪校を次々と連破。80年代に3度の優勝を達成し、高校野球史に一時代を築き上げた。

☆高校野球の常識を覆した「やまびこ打線」☆
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池田の「やまびこ打線」に甲子園の観客は度肝を抜かれた。犠打や流し打ち、犠牲の精神が尊いとされ、パワーという手を出しづらかった領域に着目。蔦文也監督は「芯を外れていても腕力が強ければ飛距離が伸びる」という金属バットの特性を生かすため、部員の上半身を鍛え上げた。その「パワー野球」が威力を発揮したのは80年代に入ってからである。1982年夏、準々決勝の早稲田実戦では荒木大輔(のちヤクルト→大洋)、石井丈裕(のち法政大→プリンスホテル→西武→日本ハム→台北太陽)から全員安打の20安打、3本塁打を放ち、14得点。決勝の広島商戦でも「パワー野球」の威力を見せ付け、18安打12得点。全試合で2桁安打を放ち、全員安打が3試合。7本塁打を放ち、切れ目のない圧倒的な破壊力で優勝を達成した。これまで、甲子園は血の滲む猛練習で守備を鍛え上げたチームが覇権を争う舞台だったが、「やまびこ打線」はこれまでの常識を覆し、高校野球界に革命をもたらした。ちなみに、帝京の前田三夫監督、智辯和歌山の高嶋仁監督などは、この蔦監督の「池田野球」に大きな影響を受けている。

☆主なOB(甲子園出場選手中心)☆

橋川正人(同志社大→四国銀行)
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1979年春夏に甲子園出場。173センチと小柄だったが、高めの直球は伸びが良く、大きく割れるカーブ、シュートの配球も絶妙であった。春は初戦の鶴商学園(現・鶴岡東)戦で6安打完封。準々決勝で東洋大姫路に7-8で敗退したが、9回に1点差にまで詰め寄る粘りの野球を見せた。この試合は「雨中の激戦」と呼ばれ、現在でも語り草となっている。同年夏にも出場を果たし、初戦の松商学園戦では6安打2失点。3回戦で中京(現・中京大中京)を5-2で下すと、準々決勝の高知戦では3安打1失点。準決勝では牛島和彦(のち中日→ロッテ)、香川伸行(のち南海)を擁する浪商(現・大体大浪商)を下す大金星を挙げた。決勝で箕島に3-4で敗退したが、チームの準優勝に大きく貢献。一人ひとりの癖を考えながら丁寧にコーナーを突く投球で下馬評を次々と覆した。

畠山準(南海→大洋)
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水野雄仁(下)、江上光治(下)とともに1982年夏に甲子園出場。183センチの長身から投じる直球には威力があり、「阿波の怪物」と呼ばれた。初戦の静岡戦では2点を失ったが、11三振を奪う力投。2回戦の日大二戦では逆転を許したが、4-3で勝利。3回戦の都城戦では10安打を浴びたが、5-3で勝利を収めると、準々決勝の早稲田実戦では「やまびこ打線」の爆発もあり、14-2で勝利を収めた。準決勝の東洋大姫路戦では初回に2点を失ったが、木下の2点本塁打もあり、4-3で勝利。決勝の広島商戦では6回に2点本塁打を放つと、投げては広島商打線を4安打2失点に抑え込み、12-2で優勝を達成。水野(下)、江上(下)とともに「やまびこ打線」の主軸として活躍した。

水野雄仁(巨人)
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江上光治(下)とともに1982年夏、1983年春夏に甲子園出場。142キロの直球、切れの良いスライダー、カーブ、シュートが武器であり、「阿波の金太郎」と呼ばれた。1982年夏は左翼手として出場。準々決勝の早稲田実戦では満塁を含む2本塁打を放ち、甲子園初登板も果たした。畠山(上)、江上(下)とともに「やまびこ打線」の主軸として活躍し、チームの優勝に大きく貢献した。1983年春はエース兼4番として出場。全5試合を投げ、防御率0.00で優勝を達成。史上4校目の夏春連覇に大きく貢献した。同年夏は史上初の夏春夏連覇を目指したが、準決勝のPL学園戦で3本塁打を浴び、0-7で敗退。史上初の夏春夏連覇の夢は断たれてしまった。

江上光治(早稲田大→日本生命)
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水野雄仁(上)とともに1982年夏、1983年春夏に甲子園出場。1982年夏は始めの3試合までは13打数2安打とバッティングは冴えなかったが、準々決勝の早稲田実戦で3安打を放つと、準決勝の東洋大姫路戦では2安打。決勝の広島商戦では3安打と尻上がりに調子を上げ、畠山(上)、水野(上)とともに「やまびこ打線」の主軸として活躍。チームの優勝に大きく貢献した。1983年春は主将として出場。初戦の帝京戦では2安打3四球。2回戦の岐阜第一戦でも2安打を放ち、準々決勝の大社戦では4安打。決勝の横浜商戦では自らの2塁打で先制点を奪い、3-0で優勝を達成。同年夏は史上初の夏春夏連覇を目指したが、準決勝でPL学園に0-7で敗退。史上初の夏春夏連覇の夢は断たれてしまった。

梶田茂生(筑波大→日本生命)
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1985年春、1986年春夏に甲子園出場。鋭く曲がるカーブが武器であり、1985年春は中堅手としてベスト4。1986年春はエース兼主将として出場を果たし、決勝の宇都宮南戦ではエース・高村祐(のち法政大→近鉄→楽天)と投げ合い、7-1で優勝を達成。ちなみに、身長は167センチであり、大会出場投手の中で最も背が低かった。また、畠山、水野の時代は豪快な打撃が売り物だったが、梶田の時代は小粒であり、「さわやかイレブン」の再来と言われた。同年夏は史上4校目の春夏連覇を目指したが、初戦で明野に2-7で敗退。史上4校目の春夏連覇の夢は断たれてしまった。

片山徹(同志社大)、宮内仁一(阪神)、糸永紀之(青山学院大)、桜間裕朗(筑波大)、杉本尚文(オリックス)など。

☆「さわやかイレブン」の快進撃☆
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1974年春、部員数が11人だった池田が準優勝を達成した。部員数が少なかったのは蔦監督の練習が厳しすぎることもあり、多くの部員が退部していったからである。3人の怪我人が出たら試合はできなくなるため、捕手のプロテクターを使用してゴロを取る練習をした。また、蔦監督が自ら外野手をしたり、色々と苦労した。それでも初戦で函館有斗(現・函館大有斗)を4-2で下すと、防府商(現・防府商工)、倉敷工、和歌山工を連破し、決勝進出を決めた。決勝で報徳学園に1-3で敗退したが、池田ナインにはスタンドから勝者以上の拍手が沸き起こり、この快進撃は「さわやかイレブン」と呼ばれた。ちなみに、同年夏から金属バットが導入されたため、木製バット使用での大会はこの大会が最後。金属バットの特性を生かした「やまびこ打線」で一世を風靡した池田が、金属バットの導入直前の大会で見せたスモール野球だった。

☆名将・蔦文也監督☆
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1939年春、蔦は徳島商の1塁手として甲子園出場を果たしたが、2回戦で中京商(現・中京大中京)に3-6で敗退。1940年春夏は投手として甲子園出場を果たしたが、いずれも初戦で松本商(現・松商学園)に敗退した。卒業後は同志社大学に進学。その後は日本製鐵広畑に入社し、1949年には東急に入団したが、わずか1年で退団。1952年に池田の監督に就任した。長い間「徳島商」に阻まれ、甲子園出場には届かなかったが、1971年夏に甲子園初出場を果たすと、1974年春には部員数わずか11人で準優勝を達成。この快進撃は「さわやかイレブン」と呼ばれた。1979年夏は決勝で箕島に敗退したが、2度目の準優勝を達成。当時はバントや小技中心の野球だったが、その後は「パワー野球」に転換した。「芯を外れていても腕力が強ければ飛距離が伸びる」という金属バットの特性を生かすため、筋力トレーニングを積極的に行い、部員の上半身を鍛え上げた。その強力打線は「やまびこ打線」と呼ばれ、高校野球界のスタイルまでも変えてしまった。1982年夏、1983年春に優勝を果たし、史上4校目の夏春連覇を達成。「PL学園」とともに黄金期を築き上げ、池田は高校野球史上屈指の人気校となった。それと同時に「パワー野球」で他校を圧倒したことから、蔦には「攻めダルマ」の異名が付いた。チームを14度の甲子園出場に導き、優勝3回、準優勝2回。甲子園春夏通算37勝という素晴らしい成績を残したが、ノックが打てなくなったということもあり、1992年に退任。同年6月には「池田町名誉町民第1号」に選ばれ、同校には記念碑が建立された。2001年に肺癌により、77歳で他界。葬儀には畠山、水野をはじめ、多くの教え子が参列したという。

☆史上4校目の夏春連覇☆
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1982年夏、池田は「パワー野球」で優勝を達成。切れ目のない圧倒的な破壊力が、初の大旗を手にする原動力となった。全6試合で2桁安打、85安打を記録。翌春も水野、江上を中心に、打線は活発だった。昨年夏の甲子園の初戦から続けていた2桁安打は準決勝の明徳(現・明徳義塾)戦の5安打により、9試合連続で途切れたが、水野は5試合中3試合を完封。防御率0.00という成績を残し、史上4校目の夏春連覇を達成した。「やまびこ打線」とともに3季連続も確実と言われていたが、準決勝のPL学園戦で水野は3本塁打を浴び、打線も桑田真澄(のち巨人→パイレーツ)に完璧に抑え込まれ、わずか5安打。0-7で敗退し、夏春夏連覇の夢は断たれてしまった。試合後、蔦監督は「ウチが負ける時は、こんなパターンじゃろと思うとりましたわ」と話した。しかし、池田の「やまびこ打線」は高校野球界に大きな衝撃を与えたのは間違いなかった。

☆プロ出身者が少ない理由☆
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「やまびこ打線」で80年代に黄金期を築き上げた池田だが、「それなのにどうしてプロ出身者が少ないのか」という疑問を持った方はいないだろうか。実際に同校のプロ出身者は8人しかおらず、かつて一時代を築き上げたPL学園(82人)、箕島(23人)と比べても極端に少ない。甲子園で好成績を残し、プロになれる素質を持ちながらも橋川、江上、片山、梶田、糸永、桜間などはプロ入りしなかった。これに関して、井上力(1986年春の優勝メンバー)は「池田ははっきり言って雑い。PLはバランス良く合理的な練習をしているんだろうと思います。多少欠点があっても、速い球を投げて遠くに飛ばせば良いんです。ただ、高校野球ではとんでもない存在であっても、上に行った時に欠点が致命的になる。それが、池田出身のプロが少ない理由じゃないでしょうか」と語っている。

☆2014年春に22年ぶりの出場☆
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「やまびこ打線」で80年代に黄金期を築き上げた池田だったが、蔦監督が退任してからは徳島商、鳴門、鳴門工(現・鳴門渦潮)に徐々に水を開けられ、県大会を勝ち上がることができなくなった。22年間甲子園出場を逃し続けたことは、「低迷」と評されるのに十分な空白期間であったが、2013年秋の県大会では3位決定戦で海部を6-0で下し、四国大会進出。決勝で今治西に0-10で大敗を喫したが、翌春の選抜出場を確実にした。初戦の海南戦では8回表までわずか1安打に抑え込まれていたが、喜多の2塁打などで1点差に詰め寄ると、9回には無死満塁で林が中前打を放ち、4x-3で勝利。22年ぶりに甲子園球場で懐かしの校歌が響き渡った。2回戦で豊川に1-4で敗退したが、甲子園球場に詰めかけたオールドファンに「池高」復活をアピールした。

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・橋川正人(野球選手)
・江上光治(野球選手)
・片山徹(野球選手)
・梶田茂生(野球選手)
・糸永紀之(野球選手)
・桜間裕朗(野球選手)
・さわやかイレブン(トリビア)

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・『高校野球名門校シリーズ2 池田高校野球部 栄光の軌跡』ベースボール・マガジン社, 2013年, p.3, p.40, p.42
・『スポーツ伝説16 高校野球強豪校伝説 甲子園の熱きドラマを紡ぎ出す”強者たち”をこの一冊に完全収録!』ベースボール・マガジン社, 2000年, pp.34-37
・『スポーツ・スピリット No.33 高校野球 年代別強豪ランキング No.1チーム、名勝負、ヒーローの記憶で振り返る「それぞれの時代」』ベースボール・マガジン社, 2009年, pp.32-33
・『高校野球連覇伝説 甲子園を沸かせた熱闘の記憶』ベースボール・マガジン社, 2013年, pp.82-83
・『地域別高校野球シリーズ18 四国の高校野球[香川、徳島、愛媛、高知]』ベースボール・マガジン社, 2013年, pp.38-39
・『完全保存版 夏の甲子園100回 47都道府県別 故郷のヒーロー』朝日新聞社, 2018年, pp.202-203
・『ざっくり甲子園100年100ネタ』オグマナオト, 廣済堂出版, 2018年, pp.34-35
・『別冊宝島1644 名門野球部の甲子園伝説 伝説のチーム編 甲子園を熱くした忘れられない41チーム』宝島社, 2009年, pp.30-31
・『甲子園熱戦物語』庵原英夫, 偕成社, 1976年, pp.88-89
・『NIPPON SPORTS MOOK 高校野球春・夏143人 甲子園優勝投手物語』日本スポーツ出版社, 2000年, p.146
・『スポーツ・スピリット21 No.18 高校野球名監督列伝 甲子園大会の歴史を彩った名将たちのすべてが分かる大事典』ベースボール・マガジン社, 2004年, pp.24-25
・『ホームラン 甲子園アイドル55 太田幸司から荒木大輔、水野雄仁まで』日本スポーツ出版社, 1983年, p.8, p.12, p.17
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, pp.3-4
・『高校野球100年記念 高校野球強豪校伝説 甲子園の歴史を彩ってきた古豪、新鋭が勝利順で一挙登場!』 ベースボール・マガジン社, 2015年, p.50
・『高校野球 甲子園出場校事典』森岡浩, 東京堂出版, 1998年, p.219
・『甲子園熱闘伝説』双葉社, 2008年, pp.218-219
・『高校野球がまるごとわかる事典』森岡浩, 日本実業出版社, 2005年, pp.56-57
・『毎日グラフ 4月21日号 球春 燃える甲子園』毎日新聞社, 1974年, p.94
・『週刊ベースボール 9月9日号増刊 第61回全国高校野球総決算号』ベースボール・マガジン社, 1979年, p.48
・『Wikipedia』徳島県立池田高等学校, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E6%B1%A0%E7%94%B0%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1(最終閲覧日:2020年10月14日)
・『Wikipedia』蔦文也, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%94%A6%E6%96%87%E4%B9%9F(最終閲覧日:2020年10月15日)
・『Wikipedia』水野雄仁, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E9%87%8E%E9%9B%84%E4%BB%81(最終閲覧日:2020年10月15日)
・『高校野球ドットコム』池田vs海南, 2014年,
https://www.hb-nippon.com/report/1184-hb-nippon-game2014/11341-20140322002(最終閲覧日:2020年10月14日)
・『サンスポ』蔦魂で執念!池田、27年ぶり出場でサヨナラ勝ち/センバツ, 2014年,
https://www.sanspo.com/baseball/news/20140323/hig14032303130000-n1.html(最終閲覧日:2020年10月14日)
・『スポニチ』【74年センバツ第46回大会】池田伝説序章――“さわやかイレブン”春の進撃, 2020年,
https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/03/28/kiji/20200327s00001002350000c.html(最終閲覧日:2020年10月14日)

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・ 1枚目:『YouTube』【公立校決戦】1983 55回選抜 決勝 池田 vs 横浜商 昭和58年【超えてる強さ 池田夏春連覇】, 2020年,
https://www.youtube.com/watch?v=NI10OVa36bA
・ 2枚目:『週刊朝日 8月10日号増刊 甲子園大会号 第65回全国高校野球選手権』朝日新聞社, 1983年, p.3
・ 3枚目:『月刊・野球党9月号増刊 '79甲子園大会 第61回全国高校野球選手権大会総決算号』日本スポーツ出版社, 1979年, p.57
・ 4枚目:『報知高校野球 速報◉'82選手権大会大特集』報知新聞社, 1982年, p.15
・ 5枚目:『Sports Graphic Number 1008 甲子園一敗の輝き。真夏の号泣伝説1980-2020』2020年, 文藝春秋, p.57
・ 6枚目:『DVD映像で蘇る 高校野球不滅の名勝負 Vol.2 1983年夏 決勝 PL学園VS横浜商』 ベースボール・マガジン社, 2014年, p.22
・ 7枚目:『YouTube』1986年選抜 岡山南 - 池田 準決勝FULL, 2015年,
https://www.youtube.com/watch?v=U3B5XiuwqNQ
・ 8枚目:『毎日グラフ 4月21日号 球春 燃える甲子園』毎日新聞社, 1974年, p.9
・ 9枚目:『スポーツ・スピリット21 No.18 高校野球名監督列伝 甲子園大会の歴史を彩った名将たちのすべてが分かる大事典』ベースボール・マガジン社, 2004年, p.33
・ 10枚目:『高校野球名門校シリーズ2 池田高校野球部 栄光の軌跡』ベースボール・マガジン社, 2013年, p.42
・ 11枚目:『ホームラン '85センバツ大会 第57回大会総決算号』日本スポーツ出版社, 1985年, p.12
・ 12枚目:『YouTube』【公立校決戦】1983 55回選抜 決勝 池田 vs 横浜商 昭和58年【超えてる強さ 池田夏春連覇】, 2018年,
https://www.youtube.com/watch?v=EUkbnJmQPqI


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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復活が待たれる、甲子園で最近見かけなくなった古豪・強豪校⑦

旧ブログで大変好評だったシリーズが満を持して復活。前回に引き続き、クイズも用意したので、解答を考えながら読み進めて欲しい。懐かしの校名が目白押しである。

☆静岡商(静岡)☆
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(画像)※21世紀からの出題※ Q1.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】2006年夏に甲子園出場。微笑みのエース。

出場:15回
通算成績:23勝14敗
優勝:1回
準優勝:2回
初出場:1934年(春)
直近:2006年(夏)
主なOB:杉山光平、田所善治郎、興津達雄(立雄)、藤波行雄、新浦壽夫(中退)、池谷公二郎、高橋三千丈、久保寺雄二、大石大二郎

バント戦法と足を絡めた機動力野球がお家芸であり、1934年春に甲子園初出場。戦後に入ってから強さを発揮し、1952年春は田所善治郎(のち国鉄)が全4試合を完封するなどの活躍で優勝を達成した。1954年夏は準優勝。1968年夏にも新浦壽夫(のち巨人→ライオンズ→大洋→ダイエー→ヤクルト)、藤波行雄(のち中央大→中日)を擁し、2度目の準優勝を達成した。1969年夏はベスト8。1974年夏、1975年春にも高橋三千丈(のち明治大→中日)、久保寺雄二(のち南海)、大石大二郎(のち亜細亜大→近鉄)の活躍でベスト8入りを果たしたが、以降は低迷期に陥った。2006年夏に(Q1)を擁し、31年ぶりの復活出場。「静岡」と長くしのぎを削り合い、50年代~70年代にかけて黄金期を築き上げたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、「静岡」との定期戦は古くから「静岡の早慶戦」と言われ、戦前から現在まで続いている。

☆北陽(大阪)☆
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(画像)Q2.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1970年春に甲子園出場。準優勝の立役者。

出場:14回
通算成績:17勝14敗
優勝:ー
準優勝:1回
初出場:1966年(夏)
直近:2007年(春)
主なOB:井上弘昭、長崎慶一、有田二三男、岡田彰布、高木宣宏、上田浩明、寺前正雄

1960年に松岡英孝監督が就任。「高校野球は技術より精神力。闘志と忍耐無き者は去れ」をモットーに、1966年夏に「北陽」として甲子園初出場。1970年春は(Q2)の好投で準優勝を達成した。また、(Q2)は中学生の頃に蒸発した両親と5年ぶりの再会を果たし、話題を集めた。1973年夏は有田二三男(のち近鉄)が3回戦の高鍋戦で史上17人目のノーヒットノーランを達成するなどの活躍でベスト8。1975年春にも岡田彰布(のち早稲田大→阪神→オリックス)を擁し、ベスト8入りを果たした。1990年春は寺前正雄(のち近鉄→阪神)の好投でベスト4。「大阪私学7強」の一角として、60年代~70年代にかけて黄金期を築き上げたが、2007年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。2008年に「関大北陽」に改名した。

☆愛知商(愛知)☆
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(画像)Q3.この野手のフルネームを答えよ。【ヒント】1957年春に甲子園出場。中日入団。

出場:18回
通算成績:17勝17敗
優勝:1回
準優勝:ー
初出場:1926年(夏)
直近:1957年(春)
主なOB:水谷則一、小島利男、玉腰忠義、松本和雄、水谷伸久(寿伸)

1926年夏に甲子園初出場。その後は「中京商(現・中京大中京)」「東邦商(現・東邦)」「享栄商(現・享栄)」とともに県内の高校野球界を引っ張り、「愛知4商」と呼ばれた。1927年夏は水谷則一(のち慶應義塾大→満洲鉄道倶楽部→大東京→熊谷→松竹)を擁し、ベスト4。1928年春からは3季連続でベスト8入りを果たした。1935年も春夏連続ベスト8。1936年春には水野良一(のち慶應義塾大→中日新聞→中部日本)、玉腰忠義(のち東洋産業→黒鷺→金星→阪急)を擁し、優勝を達成した。1949年夏からは「瑞陵」として3季連続甲子園出場。1957年春には(Q3)(のち中日→阪神)を擁し、再び「愛知商」として甲子園出場を果たした。私学勢が有利な愛知にあり、制限の多い公立校ながらも18回の出場を果たしたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆西条(愛媛)☆
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(画像)Q4.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1985年春に甲子園出場。ベスト8入りの立役者。

出場:12回
通算成績:16勝11敗
優勝:1回
準優勝:ー
初出場:1956年(春)
直近:2009年(夏)
主なOB:藤田元司、村上公康、青野修三、森本潔、秋山拓巳

1956年春に甲子園初出場を果たすと、同年夏はベスト4。1959年夏は金子哲夫(のち阪神)が全5試合を一人で投げ抜き、早くも優勝を達成した。1962年夏は村上公康(のち立教大→日本楽器→西鉄→ロッテ)の活躍でベスト4。以降は「松山商」「今治西」の合間を縫うようにして甲子園出場を果たした。1985年春は補欠校だったが、明徳義塾の推薦辞退もあり、繰り上げ出場。前評判は高くなかったが、(Q4)の好投でベスト8入りを果たした。2009年は秋山拓巳(のち阪神)を擁し、春夏連続甲子園出場を果たしたが、いずれも2回戦までに姿を消した。好投手を生み出す愛媛の名門校として、50年代~60年代にかけて黄金期を築き上げたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆都城(宮崎)☆
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(画像)Q5.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1999年夏に甲子園出場。2回戦で選抜優勝校を完封。

出場:9回
通算成績:10勝9敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1970年(夏)
直近:1999年(夏)
主なOB:井上祐二、田口竜二、田中幸雄、福盛和男、山本由伸

1970年夏に甲子園初出場。1979年夏は初戦の足利学園(現・白鷗大足利)戦で甲子園初勝利を挙げると、以降は県内の優勝候補に名を連ねるほどの強豪校に成長。1982年夏に初の一大会で2勝を挙げ、1984年には田口竜二(のち南海)、田中幸雄(のち日本ハム)を擁し、春夏連続甲子園出場。いずれもPL学園に敗退したが、春はベスト4入りを果たした。1999年夏は(Q5)が2回戦の沖縄尚学戦で3安打完封勝利を収め、優勝候補を下す大金星を挙げた。80年代に黄金期を築き上げたが、21世紀に入ってからは「日南学園」「延岡学園」に押される形となり、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆堀越(東京)☆
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(画像)Q6.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1975年春夏に甲子園出場。1975年春はベスト4。

出場:10回
通算成績:10勝10敗
優勝:ー
準優勝:1回
初出場:1967年(夏)
直近:1997年(夏)
主なOB:猪俣隆、野村克則、井端弘和、山本幸正、岩隈久志

1964年に松永怜一監督が就任。チームを強豪に育て上げ、1967年夏に甲子園初出場。1969年春は但田裕介(のち阪神)の活躍で準優勝を達成した。1975年には(Q6)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト4入りを果たしたが、夏は初戦で天理に敗退した。その後は低迷期に陥ったが、桑原秀範監督が就任してからは再び甲子園常連校となった。プロ野球選手だけでなく、数々の芸能人を輩出している学校でも有名であり、甲子園でも存在感を示していたが、1997年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、ユニフォームのデザインが定まらず、これまでに何度も変更されている。

☆西日本短大付(福岡)☆
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(画像)Q7.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1992年夏に甲子園出場。優勝の立役者。全5試合で1失点。

出場:6回
通算成績:9勝5敗
優勝:1回
準優勝:ー
初出場:1986年(夏)
直近:2010年(夏)
主なOB:青柳進、石貫宏臣、柴原浩、新庄剛志(SHINJO)、小野郁

「西短」の愛称で親しまれている名門校である。地元の少年野球で実績がある選手を多く集めており、1983年に森秀勇監督が就任。1986年夏に甲子園初出場を果たすと、1987年に浜崎満重監督が就任してからは甲子園常連校となった。1990年夏はベスト4。1992年夏には(Q7)が全5試合で1失点という好投で優勝を達成した。90年代に黄金期を築き上げ、甲子園でも存在感を示していたが、21世紀に入ってからは低迷期に陥った。2003年に西村慎太郎監督が就任。2004年春に12年ぶりの復活出場を果たしたが、2010年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆宇都宮南(栃木)☆
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(画像)Q8.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1983年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:7回
通算成績:7勝7敗
優勝:ー
準優勝:1回
初出場:1983年(夏)
直近:2008年(春)
主なOB:高村祐

「宇南(うなん)」の愛称で親しまれている名門校である。1979年に秋元栄監督が就任。チームを強豪に育て上げ、1983年夏に(Q8)を擁し、甲子園初出場。初戦の高松商戦で初勝利を挙げると、1986年春は高村祐(のち法政大→近鉄→楽天)の好投で準優勝を達成した。篠崎淳監督が就任してからもコンスタントに出場を果たしたが、結果を残せず、いずれも初戦敗退。2010年代に入ってからは「作新学院」の一強時代となり、2008年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、21世紀に入るまでは初戦敗退が一度もなかった。

☆若狭(福井)☆
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(画像)Q9.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1969年夏に甲子園出場。ベスト4入りの立役者。

出場:10回
通算成績:6勝10敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1950年(夏)
直近:1974年(春)
主なOB:浜中祥和、松井(湊谷)武雄、川藤龍之輔、川藤幸三、乗替寿好

1950年夏に甲子園初出場でベスト8入りを果たすと、その後は「敦賀」とともに県内の高校野球界を引っ張る存在にまで成長。1955年には浜中祥和(のち立教大→大洋→中日)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たしたが、夏は初戦で立命館に敗退した。1967年からは3年連続で夏の甲子園に出場。1969年夏は(Q9)の好投でベスト4入りを果たした。50年代~60年代にかけて黄金期を築き上げたが、その後は「福井商」「福井(現・福井工大福井)」「敦賀気比」が台頭してきたこともあり、1974年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆新宮(和歌山)☆
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(画像)Q10.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1950年夏、1951年春、1952年夏に甲子園出場。1952年夏は初戦の法政二戦で完封。

出場:10回
通算成績:5勝10敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1950年(夏)
直近:1980年(春)
主なOB:石垣一夫、前岡(井崎)勤也、庄司智久、山崎慎太郎、藪恵一(恵壹)

1950年夏に(Q10)を擁し、甲子園初出場。以降は3年連続で春か夏どちらかの甲子園に顔を出し、1952年夏は(Q10)の活躍で甲子園初勝利を挙げた。1954年には前岡勤也(のち大阪→中日)を擁し、春夏連続甲子園出場。春は初戦で熊本工に敗退したが、夏はベスト4入りを果たした。1955年夏は初戦で坂崎一彦(のち巨人→東映)を擁する浪華商(現・大体大浪商)を下す大金星を挙げ、ベスト8。50年代に黄金期を築き上げたが、その後は「海南」「箕島」に阻まれ、長い低迷期に陥った。1976年春に19年ぶりの復活出場を果たしたが、1980年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、甲子園通算5勝は全て夏の甲子園で記録している。

☆クイズの解答☆
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Q1. 大野健介
Q2. 永井春夫
Q3. 横地由松
Q4. 黒子孝善
Q5. 安田良平
Q6. 鹿倉仁
Q7. 森尾和貴
Q8. 荒井浩司
Q9. 東次男
Q10. 杉本和喜代

※全問正解した方っているんですかね…?

▼前回


▼次回


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・森尾和貴(野球選手)
・荒井浩司(更新未定)

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・『高校野球100年記念 高校野球強豪校伝説 甲子園の歴史を彩ってきた古豪、新鋭が勝利順で一挙登場!』 ベースボール・マガジン社, 2015年, p.82, pp.87-88, p.91
・『甲子園に出る!高校ガイド 完全データ付き』手束仁, 廣済堂出版, 2011年, p.127, p.150, p.185, p.199, p.232, pp.252-253, p.263
・『高校野球を200%楽しむ観戦読本』手束仁, 実業之日本社, 2013年, p.168, p.176, p.178, p.180, p.196, p.211, p.213, p.219,
・『甲子園熱闘伝説』双葉社, 2008年, pp.124-125, p.135, p.137, p.151, p.162, p.187, p.195, p.205
・『スポーツ伝説16 高校野球強豪校伝説 甲子園の熱きドラマを紡ぎ出す”強者たち”をこの一冊に完全収録!』ベースボール・マガジン社, 2000年, pp.78-79, p.137, pp.142-143, pp.147-148, p.153, p.157, p.161, p.169, p.171, p.176
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.54, p.57, p.78
・『高校野球 甲子園出場校事典』森岡浩, 東京堂出版, 1998年, p.38, p.71, p.96, p.116, pp.156-157, p.180, p.236, pp.253-254, p.276
・『地域別高校野球シリーズ1 愛知の高校野球』ベースボール・マガジン社, 2014年, p.57
・『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]3 東海編 愛知・静岡・岐阜・三重』ベースボール・マガジン社, 2007年, pp.14-17
・『甲子園・栄光の熱戦物語』尾崎秀史, 梧桐書院, 1977年, pp.95-96
・『Wikipedia』静岡県立静岡商業高等学校, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E9%9D%99%E5%B2%A1%E5%95%86%E6%A5%AD%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1(最終閲覧日:2020年9月30日)
・『Wikipedia』松岡英孝, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E8%8B%B1%E5%AD%9D(最終閲覧日:2020年9月30日)

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・ 1枚目:『YouTube』2007koshien 静岡商業、小さな笑顔のエース、大野健介, 2007年, https://www.youtube.com/watch?v=EKp47W00LK0
・ 2枚目:『1945~1985 激動のスポーツ40年史② 高校野球/隆盛への軌跡』吉田正雄, ベースボール・マガジン社, 1985年, p.151
・ 3枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]3 東海編 愛知・静岡・岐阜・三重』ベースボール・マガジン社, 2007年, p.54
・ 4枚目:『輝け甲子園の星 1985 No.3 アイドルスペシャル★'85センバツ』日刊スポーツ出版社, 1985年, p.49
・ 5枚目:『YouTube』'99夏甲子園 樟南vs都城, 2013年, https://www.youtube.com/watch?v=BUh2TQMEMXo
・ 6枚目:『毎日グラフ 4月25日号 球春 燃える甲子園』毎日新聞社, 1975年, p.20
・ 7枚目:『YouTube』1992年 準決勝 西短大附対東邦②, 2016年, https://www.youtube.com/watch?v=EJX-QIuMlzw
・ 8枚目:『報知高校野球 '83選手権速報◉PL学園初優勝!』報知新聞社, 1983年, p.26
・ 9枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]14 北信越編 新潟・長野・富山・石川・福井』ベースボール・マガジン社, 2010年, p.50
・ 10枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]11 近畿編 滋賀・京都・奈良・和歌山』ベースボール・マガジン社, 2009年, p.50


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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復活が待たれる、甲子園で最近見かけなくなった古豪・強豪校⑥

旧ブログで大変好評だったシリーズが満を持して復活。前回に引き続き、クイズも用意したので、解答を考えながら読み進めて欲しい。懐かしの校名が目白押しである。

☆桐蔭(和歌山)☆
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(画像)Q1.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1961年夏に甲子園出場。準優勝の立役者。

出場:36回
通算成績:45勝33敗
優勝:3回
準優勝:4回
初出場:1915年(夏)
直近:2015年(春)※21世紀枠
主なOB:井口新次郎、小川正太郎、山下好一、宇野光雄、西本幸雄、西村(伊沢)修

戦前に一世を風靡した伝説の名門校である。1915年夏に「和歌山中」として大会初出場でベスト4入りを果たして以来、夏の甲子園では14回連続出場。また、1929年春までは11季連続甲子園出場を果たした。1921年夏、1922年夏に優勝を果たし、史上初の夏連覇を達成。1927年春には小川正太郎(のち早稲田大)の好投で3度目の優勝を達成した。全4試合で75得点を挙げ、メンバーはアメリカ遠征にも行っている。1923年夏、1928年春は準優勝。戦前に黄金期を築き上げ、「和中の前に和中なく、和中のあとに和中なし」と言われた。1948年に「桐蔭」に改名。同年夏は西村修(のち阪神)の好投で3度目の準優勝を達成したが、以降は低迷期に陥った。それでも1961年夏に(Q1)の活躍で4度目の準優勝。その後は「箕島」「智辯和歌山」に阻まれ、甲子園出場には届かなかったが、2015年春に21世紀枠で復活出場を果たした。ちなみに、2015年夏に第1回大会出場校として、石井主将が復刻ユニフォームで「高校野球100年」の横断幕を持って行進。2018年夏にも第1回大会から地方大会に出場している「皆勤校」として、坂本主将が入場行進する全国56代表校を先導した。

☆桐生(群馬)☆
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(画像)Q2.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1978年春夏に甲子園出場。1978年春はベスト4。

出場:26回
通算成績:28勝26敗
優勝:ー
準優勝:2回
初出場:1927年(夏)
直近:1978年(夏)
主なOB:皆川定之、中村栄、常見昇、毒島章一、今泉喜一郎、田辺義三、阿久沢毅

野球部は稲川東一郎が同校在学中に創部したものであり、卒業後に監督に就任。稲川監督はその情熱を全て注ぎ込み、「稲川道場」を開設した。1927年夏に「桐生中」として甲子園初出場。1931年夏にベスト8入りを果たすと、1936年春には青木正一(のち大阪→全桐生→高崎理研)、皆川定之(のち大阪→全桐生→急映→大生相互銀行→全前橋→河合楽器)を擁し、準優勝を達成した。1947年春はベスト4。1950年春はベスト8入りを果たし、1955年春には今泉喜一郎(のち大洋)が準々決勝の明星戦で史上6人目のノーヒットノーランを達成するなどの活躍で2度目の準優勝を達成した。1978年には(Q2)、阿久沢毅(のち群馬大)を擁し、春夏連続甲子園出場。春は阿久沢の2試合連続本塁打などの活躍でベスト4入りを果たしたが、夏は2回戦で県岐阜商に敗退した。主に春の選抜で強さを発揮していたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆上宮(大阪)☆
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(画像)Q3.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1993年春に甲子園出場。優勝の立役者。背番号9の異色のエース。

出場:9回
通算成績:22勝8敗
優勝:1回
準優勝:1回
初出場:1980年(春)
直近:1997年(春)
主なOB:一枝修平、片平伸作(晋作)、笘篠誠治、笘篠賢治、西山秀二、元木大介、種田仁、宮田正直、藪田(薮田)安彦、黒田博樹

1971年に山上烈監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1980年春に甲子園初出場を果たすと、1981年春はベスト4。その後は4回連続で春の選抜に出場を果たした。1986年春、1988年春はベスト8。1989年には元木大介(のち巨人)、種田仁(のち中日→横浜→西武)を擁し、春夏連続甲子園出場を果たした。春は決勝の東邦戦で悪夢の逆転サヨナラ負けを喫したが、準優勝を達成。唯一の出場となった夏はベスト8入りを果たした。1993年春は小粒なチームだったが、(Q3)の好投で初優勝を達成。(Q3)は「背番号9の異色のエース」として注目を集めた。1997年春はベスト4入りを果たし、80年代~90年代にかけて黄金期を築き上げたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、甲子園通算22勝のうち19勝を春の選抜で記録している。

☆市神港(兵庫)☆
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(画像)Q4.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1976年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:15回
通算成績:22勝13敗
優勝:2回
準優勝:ー
初出場:1924年(夏)
直近:1976年(夏)
主なOB:二出川延明、山下実、島秀之助、西垣徳雄、岸本正治、吉田孝司、山口高志

1924年夏に「和製ベーブ・ルース」こと山下実(のち慶應義塾大→大連満州倶楽部→阪急→名古屋)を擁し、「第一神港商」として甲子園初出場でベスト8入りを果たすと、1925年には春夏連続甲子園出場。春は準々決勝で甲陽中(現・甲陽学院)に敗退したが、夏はベスト4入りを果たした。1929年春、1930年春には西垣徳雄(のち法政大→東京鉄道管理局)、岸本正治(のち慶應義塾大→阪急)の活躍で優勝を果たし、史上初の春連覇を達成。以降は低迷期に陥ったが、1963年春に「市神港」として復活出場を果たし、ベスト4。1968年春は山口高志(のち関西大→松下電器→阪急)の好投でベスト8入りを果たしたが、1976年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。2018年に創部100年目を迎えたが、その年を最後に閉校。学校の実績は「神港橘」に引き継がれている。ちなみに、「神港学園(私神港)」との直接的な関係はない。

☆法政二(神奈川)☆
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(画像)Q5.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1982年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:11回
通算成績:19勝9敗
優勝:2回
準優勝:1回
初出場:1952年(夏)
直近:1988年(夏)
主なOB:斎田忠利、小坂佳隆、柴田勲、村上雅則、高田誠、大島公一

1949年に田丸仁監督が就任。当初は打ち勝つ野球を目指していたが、トーナメントの高校野球においてはより確率を求め、犠打やエンドランなどで確実に1点を取る、緻密かつ組織的な野球を展開する「ドジャース戦法」を取り入れた。1952年夏に甲子園初出場。1957年夏に準優勝を達成すると、1960年夏は柴田勲(のち巨人)が2回戦から決勝までの4試合を完封するなどの活躍で優勝を達成した。1961年春も優勝を果たし、史上3校目の夏春連覇を達成。夏は3連覇も期待されたが、準決勝で浪商(現・大体大浪商)に敗退した。ちなみに、このチームは「史上最強」の呼び声も高い。60年代に黄金期を築き上げたが、田丸監督が退任してからは徐々に低迷。1988年夏を最後に、平成に入ってからは甲子園出場から遠ざかっている。

☆川之江(愛媛)☆
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(画像)Q6.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1979年春に甲子園出場。ベスト8入りの立役者。

出場:6回
通算成績:8勝6敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1979年(春)
直近:2002年(夏)
主なOB:鎌倉健、篠原慎平(中退)

県東部の県立高校として、地元からは根強い人気を誇っている。1979年春に(Q6)を擁し、甲子園初出場。準々決勝で浪商に惜しくもサヨナラ負けを喫したが、ベスト8入りを果たした。その後は「松山商」「今治西」の合間を縫うようにして甲子園出場。1982年からは2年連続で夏の甲子園に出場を果たした。90年代に入ってからは「宇和島東」の台頭もあり、低迷期に陥ったが、2002年夏に鎌倉健(のち日本ハム)を擁し、11年ぶりの復活出場。鎌倉は投打にわたって活躍し、ベスト4入りを果たしたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、この大会では8強に四国4県が全て残り、四国勢の強さを印象付けた大会でもあった。

☆日田林工(大分)☆
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(画像)Q7.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1999年夏に甲子園出場。ベスト16入りの立役者。

出場:6回
通算成績:7勝6敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1973年(夏)
直近:2008年(夏)
主なOB:源五郎丸洋、樋口龍美、村岡耕一、渡辺麿史

「林工」の愛称で親しまれている強豪校であり、甲子園出場校で唯一の林業と工業を併設している学校でもある。1973年夏に甲子園初出場を果たすと、以降は県内の優勝候補に名を連ねるほどの強豪校に成長。1976年春にはベスト4入りを果たした。1981年に部員の寮費免除が発覚。野球部は廃部となったが、翌年に復活を果たし、県高野連に再加盟。1990年春に12年ぶりの復活出場を果たした。初戦敗退が少なく、甲子園でも存在感を示していたが、近年は「明豊」に押される形となり、2008年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆日大一(東京)☆
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(画像)Q8.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1973年春夏に甲子園出場。1973年春はベスト8。

出場:10回
通算成績:7勝10敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1963年(春)
直近:1988年(夏)
主なOB:大羽進、小林正之、宇野輝幸、保坂英二、竹田光訓

甲子園出場経験のある「日大二」「日大三」とは兄弟校であり、東西の大会に分かれる以前の単独東京大会として最後の東京代表校でも有名である。1955年に高橋理監督が就任。「三高に追い付け追い越せ」を合言葉に、チームを強豪校に育て上げ、1963年春に甲子園初出場。1968年からは4年連続で夏の甲子園に出場を果たしたが、いずれも2回戦までに姿を消した。1973年は(Q8)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たしたが、夏は初戦で今治西に敗退した。1988年夏を最後に、平成に入ってからは甲子園出場から遠ざかっている。

☆千葉商(千葉)☆
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(画像)Q9.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1970年春に甲子園出場。ベスト8入りの立役者。

出場:8回
通算成績:5勝8敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1939年(夏)
直近:1977年(夏)
主なOB:小川善治、板倉正男、高橋重行、高浦美佐緒(己佐緒)、勝呂博憲(壽統)

千葉県の総体的な特徴としては洗練されているが、土の匂いの残る雰囲気があった。その代表格が千葉商である。1939年夏に甲子園初出場を果たすと、1940年夏はベスト8。以降は「銚子商」「習志野」の合間を縫うようにして甲子園出場を果たした。1970年夏は(Q9)、高浦美佐緒(のち法政大→三菱自動車川崎→大洋)の活躍でベスト8入りを果たし、初の一大会で2勝を挙げた。その後は「拓大紅陵」「東海大浦安」「市船橋」などの新鋭校が台頭してきたこともあり、1977年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆日大東北(福島)☆
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(画像)Q10.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1990年夏に甲子園出場。チームの甲子園初勝利に大きく貢献。

出場:7回
通算成績:1勝7敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1987年(夏)
直近:2003年(夏)
主なOB:柳沼美広

1987年夏に甲子園初出場を果たすと、同年秋に宗像忠典監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1990年夏に小川款、(Q10)の「2枚看板」で甲子園初勝利を挙げると、1996年からは3年連続で夏の甲子園に出場。「学法石川」とともに県内の高校野球界を引っ張ったが、21世紀に入ってからは「聖光学院」の一強時代となり、2003年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。一大会で2勝以上を挙げたことはなく、7回出場で勝ち星はわずか1勝にとどまった。ちなみに、1998年夏は初戦の宇部商戦で渡辺功之(のち亜細亜大)の右手がフェンスに挟まるという珍事が起きている。

☆クイズの解答☆
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Q1. 森川勝年
Q2. 木暮洋
Q3. 牧野光将
Q4. 中村誠
Q5. 桜井浩一
Q6. 鍋島博
Q7. 藤内滝太
Q8. 小山憲英
Q9. 永島時郎
Q10. 増賀英之

※全問正解した方っているんですかね…?

▼前回


▼次回


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・木暮洋(野球選手)
・牧野光将(野球選手)

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・『高校野球100年記念 高校野球強豪校伝説 甲子園の歴史を彩ってきた古豪、新鋭が勝利順で一挙登場!』 ベースボール・マガジン社, 2015年, p.47, p.70, p.82, p.85
・『甲子園に出る!高校ガイド 完全データ付き』手束仁, 廣済堂出版, 2011年, pp.180-181, p.187, p.198, p.201, p.228, p.235, p.247
・『高校野球を200%楽しむ観戦読本』手束仁, 実業之日本社, 2013年, p.162, p.165, pp.196-197, p.211, p.217
・『甲子園熱闘伝説』双葉社, 2008年, p.105, p.111, p.120, p.128, p.162, p.165, p.171, p.186, p.201
・『スポーツ伝説16 高校野球強豪校伝説 甲子園の熱きドラマを紡ぎ出す”強者たち”をこの一冊に完全収録!』ベースボール・マガジン社, 2000年, p.56, pp.96-99, p.135, p.138, pp.140-142, p.156, pp.158-159, p.161, p.169, p.175
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.31, p.95
・『高校野球 甲子園出場校事典』森岡浩, 東京堂出版, 1998年, p.30, p.42, pp.54-55, p.68, pp.77-78, p.147, p.162, pp.182-183, p.235, pp.272-273
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.42, p.84
・『高校野球がまるごとわかる事典』森岡浩, 日本実業出版社, 2005年, pp.46-47
・『夏の高校野球100年史 「真夏の風物詩」 甲子園の栄光の軌跡』ベースボール・マガジン社, 2015年, p.24, p.28
・『甲子園・栄光の熱戦物語』尾崎秀史, 梧桐書院, 1977年, p.99
・『高校野球100周年100戦!』ぴあ株式会社, 2015年, p.72
・『SPAIA』【強いべ!】福島県の野球強豪校4選, 2016年,
https://spaia.jp/column/baseball/hsb/351(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『Wikipedia』鎌倉健, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%81%A5(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『Wikipedia』日本大学第一中学校・高等学校, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%83%BB%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『朝日新聞デジタル』東京の70回大会史 60年ぶり、首都へ大優勝旗, 2018年,
https://www.asahi.com/articles/ASL4V3DV2L4VPTQP002.html(最終閲覧日:2020年8月14日)
・『毎日新聞』市神港野球部
100年で幕 夢の甲子園へ、神港橘始動 /兵庫, 2017年,
https://mainichi.jp/koshien/articles/20170807/ddl/k28/050/298000c(最終閲覧日:2020年8月14日)

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・ 1枚目:『1945~1985 激動のスポーツ40年史② 高校野球/隆盛への軌跡』吉田正雄, ベースボール・マガジン社, 1985年, p.112
・ 2枚目:『毎日グラフ 4月20日号 球春白熱! 燃える甲子園』毎日新聞社, 1978年, p.32
・ 3枚目:『YouTube』1993 春選抜 上宮  大宮東 共に決勝までの勝ち上がり, 2016年, https://www.youtube.com/watch?v=Njh3UzOl9Z0
・ 4枚目:『ゴング9月号増刊 '76甲子園大会 第58回全国高校野球選手権大会総集』日本スポーツ出版社, 1976年, p.54
・ 5枚目:『輝け甲子園の星 1982 Vol.4 ★第64回全国高校野球選手権』日刊スポーツグラフ, 1982年, p.149
・ 6枚目:『輝け甲子園の星 センバツ大会号』日刊スポーツ出版社, 1979年, p.136
・ 7枚目:『YouTube』日田林工―青森山田, 2016年, https://www.youtube.com/watch?v=w8AnMrHmmr4
・ 8枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]1 東京編』ベースボール・マガジン社, 2007年, p.52
・ 9枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]8 関東編Ⅰ 茨城・千葉』ベースボール・マガジン社, 2009年, p.50
・ 10枚目:『アサヒグラフ増刊 9月5日号 '90甲子園の夏 第72回全国高校野球選手権大会 オールカラー全試合収録』朝日新聞社, 1990年, p.87


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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復活が待たれる、甲子園で最近見かけなくなった古豪・強豪校⑤

旧ブログで大変好評だったシリーズが満を持して復活。前回に引き続き、クイズも用意したので、解答を考えながら読み進めて欲しい。懐かしの校名が目白押しである。

☆育英(兵庫)☆
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(画像)Q1.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1992年春、1993年夏に甲子園出場。1993年夏は優勝。3本柱の一人。

出場:19回
通算成績:28勝18敗
優勝:1回
準優勝:1回
初出場:1935年(春)
直近:2005年(春)
主なOB:酒沢政夫(成治)、土井正三、鈴木啓示、小林晋哉、大塚孝二(光二)、大村直之、藤本敦士、栗山巧

1935年春に「育英商」として甲子園初出場を果たすと、以降は4季連続で出場。1935年夏には準優勝を達成した。1936年は松岡甲二(のちライオン)、織辺由三(のちセネタース→大洋)を擁し、春夏ともにベスト4。戦後に入ってからは低迷期に陥ったが、1980年に日下篤監督が就任してからは再び甲子園常連校となり、1990年夏には戎信行(のちオリックス→ヤクルト→近鉄)を擁し、24年ぶりの復活出場を果たした。1992年春は補欠校だったが、神戸弘陵の出場辞退もあり、繰り上げ出場でベスト8入りを果たすと、1993年夏には(Q1)を含む3人の投手陣、徹底したバント攻勢で初優勝を達成。大会最多の30犠打を記録し、「ヒーローなき優勝」と言われた。2000年夏はベスト4。90年代に黄金期を築き上げ、激戦区兵庫で独特の輝きを見せる強豪校だったが、2005年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆宇部商(山口)☆
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(画像)Q2.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1988年春夏に甲子園出場。春夏連続ベスト8。

出場:19回
通算成績:27勝19敗
優勝:ー
準優勝:1回
初出場:1966年(春)
直近:2007年(春)
主なOB:有田修三、秋村謙宏、藤井進、宮内洋、嶋村一輝、上本達之

1966年春に甲子園初出場でベスト4入りを果たすと、1975年に玉国光男監督が就任してからは県内の高校野球界を引っ張る存在にまで成長。劇的な本塁打が多く、1983年夏は浜口大作(のち新日鉄光→新日鉄八幡)が初戦の帝京戦で史上2人目の逆転サヨナラ本塁打。1985年夏は藤井進(のち青山学院大)が準決勝の東海大甲府戦で3点本塁打を放つなどの活躍で決勝進出を決めた。決勝では桑田真澄(のち巨人→パイレーツ)、清原和博(のち西武→巨人→オリックス)を擁するPL学園と対戦。サヨナラ負けを喫したが、強豪校を追い詰めての準優勝は立派だった。1988年には(Q2)を擁し、春夏連続甲子園出場。春は3回戦の中京(現・中京大中京)戦で木村龍治(のち青山学院大→巨人)に9回1死まで無安打に抑え込まれていたが、坂本雄(のち法政大)が逆転の2点本塁打。夏には宮内洋(のち住友金属→横浜)が3回戦の東海大甲府戦で代打史上初の3点本塁打を放つなどの活躍でともにベスト8入りを果たした。球史に残る試合が多いことから、「ミラクル宇部商」と呼ばれたが、2007年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、甲子園通算27勝のうち19勝を左腕投手で記録している。

◇津久見(大分)◇
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(画像)Q3.この野手のフルネームを答えよ。【ヒント】1988年春夏に甲子園出場。春夏連続ベスト8。夏は大会最高打率(現在は2位)も記録。

出場:18回
通算成績:24勝16敗
優勝:2回
準優勝:ー
初出場:1952年(夏)
直近:1988年(夏)
主なOB:高橋直樹、池田重喜、岩崎忠義、大田卓司、岩井靖久(隆之)、川崎憲次郎、(土谷)鉄平

野球部は当初軟式としてスタートしたが、硬式に転じてから強化を図り、1952年に小嶋仁八郎監督が就任。同年夏に甲子園初出場を果たすと、その後もコンスタントに出場回数を重ね、「大分商」としのぎを削り合う存在となった。1967年春に吉良修一(のち阪神)を擁し、史上8校目の初出場・初優勝を達成。1972年夏には水江正臣(のちヤクルト)を擁し、2度目の優勝を達成した。1988年には川崎憲次郎(のちヤクルト→中日)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たすと、夏も(Q3)が大会最高打率を記録するなどの活躍でベスト8入りを果たした。県勢唯一の優勝校であり、県内でも存在感を示していたが、1988年夏を最後に、平成に入ってからは甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、2020年夏の県大会では優勝を達成。コロナの影響もあり、甲子園出場は叶わなかったが、復活に期待が高まる。

☆小倉工(福岡)☆
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(画像)Q4.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1966年夏、1967年夏に甲子園出場。1966年夏はベスト4。近鉄入団。

出場:17回
通算成績:14勝17敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1930年(夏)
直近:1967年(夏)
主なOB:新富卯三郎、末永吉幸、横山晴久、松永浩美(中退)、森博幸

「倉工」の愛称で親しまれている古豪である。「僅差で守り勝つ野球」を徹底しており、1930年夏に甲子園初出場を果たすと、以降は5年連続で夏の甲子園に出場。1931年夏にはベスト4入りを果たした。春の選抜でも30年代だけで7度の出場を果たし、1934年春、1939年春はベスト8。その後は「福岡工」「小倉」「久留米商」が台頭し、長い低迷期に陥ったが、1961年春に22年ぶりの復活出場を果たすと、1966年夏には(Q4)(のちサッポロビール→近鉄)、横山晴久(のち法政大→東映)の「2枚看板」でベスト4入りを果たした。1967年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆市岡(大阪)☆
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(画像)Q5.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1995年春に甲子園出場。初戦で延長10回の末、惜しくも敗退した。

出場:21回
通算成績:14勝20敗
優勝:ー
準優勝:1回
初出場:1916年(夏)
直近:1995年(春)
主なOB:佐伯達夫、田中勝雄、伊達正男、南村不可止(侑広)、笠原和夫、蔭山和夫

伝統の「三本線」でお馴染みの古豪である。この「三本線」には市内第三の学校であるとの意味が込められており、ユニフォームだけでなく、校章や校旗にも使用されている。1916年夏に「市岡中」として大会初出場で準優勝を達成すると、以降は府内の高校野球界を引っ張る存在にまで成長。1924年夏、1926年春、1929年夏はベスト8。1934年夏、1940年夏はベスト4入りを果たした。その後は長い低迷期に陥ったが、1987年春に34年ぶりの復活出場。私学勢が有利な大阪にあり、制限の多い公立の進学校ながらも21回の出場を果たしたが、1995年春を最後に甲子園出場から遠ざかっている。ちなみに、第1回大会から地方大会に出場している「皆勤校」であり、2018年夏に田崎主将が入場行進する全国56代表校を先導。2013年夏には府大会で通算200勝も達成している。

☆明星(大阪)☆
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(画像)Q6.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1963年春夏、1964年夏に甲子園出場。1963年夏は優勝。

出場:12回
通算成績:11勝11敗
優勝:1回
準優勝:ー
初出場:1917年(夏)
直近:1972年(夏)
主なOB:室井豊、山尾孝雄、和田徹、堀井和人、平野光泰

1917年夏に「明星商」として大会初出場。初戦で慶應普通部(現・慶應義塾)に敗退したが、敗者復活制度で長崎中(現・長崎西)を下し、ベスト8入りを果たした。1920年夏にもベスト8。その後は長い低迷期に陥ったが、1955年春に「明星」として32年ぶりの復活出場を果たし、ベスト8。1960年に元プロ野球選手の真田重蔵を招聘して強化が進められ、1963年には(Q6)、和田徹(のち阪神→南海)を擁し、春夏連続甲子園出場を果たした。春は初戦で池永正明(のち西鉄)を擁する下関商に完封負けを喫したが、夏は決勝でリベンジを果たし、初優勝を達成。下関商の春夏連覇の夢を打ち砕いた。1972年夏はベスト8。「大阪私学7強」の一角として、60年代に黄金期を築き上げたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。スポーツ推薦枠を廃止したのが、低迷の原因だと思われる。

☆甲府工(山梨)☆
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(画像)Q7.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1997年夏に甲子園出場。2003年に心筋梗塞により、24歳の若さで他界。

出場:13回
通算成績:9勝13敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1957年(春)
直近:2006年(夏)
主なOB:佐野嘉幸、中沢伸二、深沢修一、中込伸、山村宏樹

1953年に元プロ野球選手の田名網英二監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1957年春に甲子園初出場を果たすと、以降は県内の高校野球界を引っ張る存在にまで成長。1966年夏は深沢修一(のち巨人→広島)、西村公一(のち阪神)を擁し、ベスト8入りを果たした。1985年に原初也監督が就任してからも強豪校の一角として名を馳せ、1987年春は中込伸(のち阪神→兄弟エレファンツ)の好投でベスト8。1997年夏は(Q7)が一大会で2勝を挙げ、ベスト16入りを果たした。「東海大甲府」と長くしのぎを削り合っていたが、2006年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆新潟明訓(新潟)☆
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(画像)Q8.この野手のフルネームを答えよ。【ヒント】1999年夏に甲子園出場。主将で選手宣誓。母校のコーチも務めた。

出場:8回
通算成績:7勝8敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1991年(夏)
直近:2012年(夏)
主なOB:小林幹英、小林高也、池田駿、漆原大晟

工夫しながら野球に取り組んでいくことをテーマとしており、水島新司の漫画「ドカベン」のモデル校としても有名である。1984年に佐藤和也監督が就任。佐藤監督は様々なアイデアを駆使して熱心に指導を行い、バラエティ豊かな練習メニューでチームを強豪校に育て上げた。1991年夏に甲子園初出場。2007年夏には初の一大会で2勝を挙げると、2010年夏にはベスト8入りを果たした。「日本文理」「中越」とともに県内の高校野球界を引っ張り、甲子園でも存在感を示していたが、2012年に佐藤監督が退任してからは低迷期に陥り、同年夏を最後に甲子園出場から遠ざかっている。

☆函館大有斗(北海道)☆
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(画像)Q9.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1997年春夏に甲子園出場。チーム初の夏勝利に大きく貢献。

出場:13回
通算成績:5勝13敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1973年(春)
直近:1997年(夏)
主なOB:佐藤義則、盛田幸妃、澤田剛

1963年に上野美記夫監督が就任。1973年春に「函館有斗」として甲子園初出場で初勝利を挙げたが、その後は勝ち星に恵まれず、6回連続で初戦敗退。1986年春に盛田幸妃(のち大洋→近鉄)の好投で1勝を挙げると、1988年春はベスト16入りを果たした。1990年夏に「函館大有斗」として甲子園出場。1997年には(Q9)、片口伸之(のち国学院大)の「2枚看板」で春夏連続甲子園出場を果たしたが、いずれも2回戦で姿を消した。「北海」とともに道内の高校野球界を引っ張り、南北海道の強豪校として名を馳せたが、上野監督が退任してからは低迷期に陥り、以降は甲子園出場から遠ざかっている。一大会で2勝以上を挙げたことはなく、13回出場で勝ち星はわずか5勝にとどまった。

☆八戸工大一(青森)☆
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(画像)Q10.この投手のフルネームを答えよ。【ヒント】1987年春夏に甲子園出場。1987年春はベスト8。

出場:6回
通算成績:3勝6敗
優勝:ー
準優勝:ー
初出場:1983年(夏)
直近:2010年(夏)
主なOB:森内壽春、種市篤暉、内山太嗣

1978年に山下繁昌監督が就任。チームを強豪校に育て上げ、1983年夏に甲子園初出場を果たすと、1987年には(Q10)を擁し、春夏連続甲子園出場。春はベスト8入りを果たし、低迷が続いていた青森の高校野球界に光明をもたらした。90年代に入ってからは「青森山田」「光星学院(現・八戸学院光星)」の2強に阻まれ、甲子園出場には届かなかったが、2008年に長谷川菊雄監督が就任。2010年夏に復活出場を果たし、23年ぶりの勝利を挙げたが、以降は甲子園出場から遠ざかっている。

☆クイズの解答☆
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Q1. 井上靖士
Q2. 木村真樹
Q3. 古閑憲生
Q4. 斉藤英雄
Q5. 井上雅文
Q6. 堀川浩伸
Q7. 小澤裕昭
Q8. 今井也敏
Q9. 神田朋和
Q10. 河村文利

※全問正解した方っているんですかね…?

▼前回


▼次回


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・古閑憲生(野球選手)
・小澤裕昭(野球選手)
・河村文利(野球選手)

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・『高校野球100年記念 高校野球強豪校伝説 甲子園の歴史を彩ってきた古豪、新鋭が勝利順で一挙登場!』 ベースボール・マガジン社, 2015年, p.71, p.75, p.81
・『甲子園に出る!高校ガイド 完全データ付き』手束仁, 廣済堂出版, 2011年, p.44, p.142, p.170, p.204, p.233, p.242, p.258
・『高校野球を200%楽しむ観戦読本』手束仁, 実業之日本社, 2013年, p.155, p.177, p.186, p.194, p.198, p.205, p.213, p.217
・『甲子園熱闘伝説』双葉社, 2008年, p.131, p.145, p.162, p.165, p.179, p.201
・『スポーツ伝説16 高校野球強豪校伝説 甲子園の熱きドラマを紡ぎ出す”強者たち”をこの一冊に完全収録!』ベースボール・マガジン社, 2000年, p.55, p.128, p.130, pp.144-145, p.157, p.158, p.166, p.171, p.175
・『ホームラン ザ・甲子園 栄光の甲子園出場校ベスト100』日本スポーツ出版社, 1983年, p.74, p.82, p.92, p.139
・『高校野球 甲子園出場校事典』森岡浩, 東京堂出版, 1998年, p.6, p.11, p.84, pp.97-98, p.146, p.158, pp.160-161, pp.213-214, p.251, p.271
・『地域別高校野球シリーズ02 大阪の高校野球』ベースボール・マガジン社, 2013年, p.56
・『地域別高校野球シリーズ04 中国の高校野球[岡山、広島、鳥取、島根、山口]』ベースボール・マガジン社, 2013年, p.49
・『甲子園・栄光の熱戦物語』尾崎秀史, 梧桐書院, 1977年, pp.102-103
・『日刊スポーツ』市岡初戦突破 大阪唯一の100回皆勤校が強豪撃破, 2018年,
https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/201807140000360.html(最終閲覧日:2020年6月14日)
・『日刊スポーツ』八戸工大一の山下監督が総監督就任, 2008年,
https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20080404-344103.html(最終閲覧日:2020年6月15日)
・『SPAIA』昭和時代に大活躍した小倉工業高校野球部の歴史と現在地, 2017年,
https://spaia.jp/column/baseball/hsb/3409(最終閲覧日:2020年6月13日)
・『SPAIA』高校野球はこの高校が作り上げた!?市岡高校野球部(大阪)の歴史, 2017年,
https://spaia.jp/column/baseball/hsb/3245(最終閲覧日:2020年6月13日)

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・ 1枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]10 兵庫編』ベースボール・マガジン社, 2009年, p.42
・ 2枚目:『週刊ベースボール 9月10日号増刊 第70回全国高校野球総決算号』ベースボール・マガジン社, 1988年, p.15
・ 3枚目:『輝け甲子園の星特別編集 アイドルスペシャル'88』日刊スポーツ出版社, 1988年, p.90
・ 4枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]4 九州編Ⅰ 福岡・佐賀・長崎』ベースボール・マガジン社, 2008年, p.52
・ 5枚目:『シリーズにっぽんの高校野球 [地域限定エディション]2 大阪編』ベースボール・マガジン社, 2007年, p.44
・ 6枚目:『ホームラン 栄光の甲子園 春夏優勝投手 平古場昭二から桑田真澄、渡辺智男まで』日本スポーツ出版社, 1985年, p.73
・ 7枚目:『YouTube』[プロ 野球 ハイライト] 【熱闘甲子園】エンディング 1997 第79回 甲府工VS豊田大谷, 2017年, https://www.youtube.com/watch?v=6LxVzdmWk64
・ 8枚目:『YouTube』[Baseball Highlights] 1999 第81回 熱闘甲子園 新潟明訓VS宇和島東, 2017年, https://www.youtube.com/watch?v=1yqkvF5nqmg
・ 9枚目:『YouTube』[プロ 野球 ハイライト] 【選抜高校野球】 1997 第69回 函館大有斗VS郡山, 2017年, https://www.youtube.com/watch?v=pFEADh2BTjs
・ 10枚目:『輝け甲子園の星 1987・2+3月号 ★第59回選抜高校野球大特集』日刊スポーツ出版社, 1987年, p.86


最後まで目を通して頂きありがとうございました。

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12月の振り返り
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月間UU:4693(前月比+799)
月間PV:10984(前月比+2053)
1日あたりの最多UU:208(12月10日)
1日あたりの最多PV:485(12月15日)

11月に比べ、PV数・UU数ともに大幅に増加。それと同時に月間PV数・UU数ともに最多記録を更新しました。3桁PV獲得は14記事でした。

1坂本昇(232)
2浜名翔・前(190)
3復活が待たれる⑥(177)
4浜名翔・後(173)
5渡辺隆文(172)
6復活が待たれる⑤(154)
7富士 VS 高知(147)
8復活が待たれる⑧(129)
9箕島名勝負7選(110)
10池本和彦(109)
11中原耕造(105)
12復活が待たれる③(103)
13江戸川学園取手(103)
14崇徳 VS 長崎海星(100)

富士 VS 高知は青い鳥効果です。

▼惜しい組
東裕司(99)、秋吉章史(99)、復活が待たれる④(97)、野球選手スペシャル北信越編①(95)、金野正志(92)

東裕司はGAORA効果です。
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‡Azure‡

京都府在住。女性。25歳。高校野球ファン歴は14年。これまで購入した高校野球本は数百冊。年間数十万円を高校野球に注ぎ込むほどのオタクです。他の趣味としては、美少女ゲームソング・天体観測・都市伝説・特撮など。「高校野球No.1ブログ=20世紀の高校野球」と言っていただけることを夢見て日々運営中です。

画像は『週刊朝日 7月20日号増刊 地方大会号 第63回全国高校野球選手権』朝日新聞社, 1981年, p.162より

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名前:二十 球子(はた・たまこ)

当ブログのイメージキャラクターが完成しました。提供はももいろね様です。素敵なイラストありがとうございます。
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